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ゲット・アウェイ・ガールズ  作者: 中條利昭
第一部 〈あの光〉篇
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第五章 10、二人だけの町

「着いたぜ」


 メアリが車を止めた途端、シオリは逃げるように車から降りた。

 嘔吐する。


「もうちょっと車から離れて吐いてほしかったな」


 言葉だけを聞けば苦言を呈しているようだが、メアリは大笑いしている。

 シオリたちはミルサスタに来ていた。〈血の研究所(メ・サイコ)〉までの通り道だ。

 一時間ほど前までいた町はホルンとミルサスタへの中継地点となっているため、その間の道は比較的整っているのだ。


「ほらよ、水だ」

「……ありがと」


 感謝の意を述べながら、シオリはメアリを睨んだ。


「そんな顔すんなって」


 やはりメアリは愉快そうに笑っている。

 シオリが車酔いした原因は、初めて車に乗ったことだけではない。

 町を出てすぐのことだった。

 初めて体感する速度に、シオリは驚いていた。周囲の木々があまりもの速さで流れていく。初めて〈魔力(マ・ラギ)〉を使ったときのことを思い出すほどだった。瞬時的なスピードであれば〈肉体強化(ラグ・ヘイト)〉を使ったときのほうが速いかもしれないが、こうして速度を高い位置で保つことはできない。


「ねえ、こんなにスピード出してもいいの?」


 左手でドア上部の取っ手を掴みながら、シオリはおそるおそる尋ねる。


「心配するな。なんの問題もない。誰も見てないからな」

「……最後の一言は聞かなかったことにする。……うわあ!」


 車が跳ねた。道が整えられているとはいえ、ただの砂地だ。ところどころに凹凸(おうとつ)は存在する。


「楽しいねえ!」

「なにも楽しくない!」


 このようなことが続き、今に至る。

 うがいをして、一口水を飲み、シオリはあらためて辺りを見回した。

 ミルサスタ。ここに暮らしていた頃が懐かしく思える。


「ここから二晩くらいかけて一番近く集落に行ったのに、もっと遠いところからここまで一時間で来られるなんて、車ってすごい」

「常識的なスピードじゃあ一時間は無理だがな」


 シオリはメアリを睨む。


「そんな怖い顔すんなよ。笑ってようぜ」

「あなたが無茶な運転しなければ笑ってられたと思う」

「まあまあ。それよりもお前、ここに来たことがあるのか」

「ええ。ヘンデ村を出て、真っ先にここに来たの。四日くらいかかったけど」


 そうか、と声を低くするメアリ。


「ここの死体は、お前らふたりが処理したのか」

「うん。前にいたところは、あなたたちが?」

「そうだな。よくもまあ、こんなでかい町をふたりで処理したな。燃やしたのか?」


 〈魔力(マ・ラギ)〉で、ということだろうか。


「燃やしたけど、そのときはまだ〈肉体強化(ラグ・ヘイト)〉しか使えなかった。ユリアだって〈魔力(マ・ラギ)〉は持ってなかった。リザって子がこの町で生き残ってたんだけど、あの子は何もしなかったね、そういえば」


 自分の生まれ育った町のことなのに、よくもあれほど我関せずに暮らしていたものだ、と思う。


「そいつはいま」

「ルーインのところ」


 ふうん、と言ってメアリは町のほうへ歩き出した。


「どこ行くの」

「ちょっと歩くだけだ」

「私も行く」

「勝手にしろ」






 先日の雨のおかげか、悲惨だった血の跡はある程度洗い流されていた。しかし完全に癒えたわけではなく、多くのシミが残っていた。

 メアリはそのようなところやシオリが作った簡易的な墓の前で足を止めながら、つれづれと歩いていた。シオリが「服屋によってもいい?」って頼んだとき以外はほとんど会話もなかった。


「服? オレたちの服じゃ不満か?」


 シオリはメアリの仲間の服を着ていた。カリサよりも頑丈そうだが、少し重たい。


「不満じゃないけど、慣れたものがいいから」


 シオリはカリサに着替えた。風通しの良いこの服は、軽い。


「なんでそんな寝巻きみたいな服選ぶんだよ。そういえばお前ヘンデ村の生まれって言ってたか。郷土愛があるんだな」

「郷土愛は、あまりないよ。でも、これが私の戦闘服だから」


 そして、母が生きていた証。






 車へ戻る。


「飯が食えるくらいには回復したか?」

「うん。風が気持ちいいね」


 揺れる木々が、ところどころ赤や黄色に染まり始めていた。虫の声も変わってきている。


「ほらよ」


 メアリが、なにかを投げた。シオリは顔の前でそれを受け取る。


「缶詰だ。これ食ったらいくぞ」


 そして出発。

 ここから先は道らしい道がないらしく、森を無理やり進むような形になった。


「なるべく遠くを見てろ。車酔い対策だ。つっても山の中だから、遠くの雲でも見てな」


 さっき以上に揺れは激しい。だが、車の速度は先ほどの半分ほどか、それ以下だった。


「あなたはどうして、ゲット・アウェイ・ガールズ、だっけ。それを作ろうと思ったの?」

「急になんだ」


 自分でも、急になんだろう、と思った。


「なんとなく」

「大人みたいな喋り方をするガキだと思っていたが、そういうところはただのガキだな」

「年増だとはよく言われる」

「年増なんて言葉オレの年齢でも使わねえよ」

「私のお母さん、〈魔の穢れ(マ・ゾルミ)〉なの」


 目の前に何かがあったわけではないが、スピードが落ちたのを感じた。

 シオリは続ける。


「村で差別を受けてて。私の瞳は黒かったんだけど、それが理由でいじめられてたの。いじめられてる中でね、私たちに攻撃してくるやつらって大人から子どもまで、幼稚みたいな言動をするなあ、って思って。出て行けだの、死ねだの、暴力だの。そしたら、早く大人になろうって思って。時間の流れを早くすることはできないけど、精神的に大人になることならできるんじゃないか、って」

「なるほどな。それで口が悪いのか」

「それは関係ない」


 車が大きく揺れ、右に傾いた。左のタイヤが地面に落ちたと思うと、反動で左のタイヤが浮く。左右の揺れが少しずつ小さくなり、消えた。


「馴れ合うのは、もともと好きじゃない」


 正面を見据えたまま、メアリが話し始めた。


「でもな、誰かを助けたい、って思いは、誰にだってあるだろ。オレにだってある。これからの時代は英語だ、って話は、したよな」

「うん」

「なんで英語に興味を持って、独学で勉強を始めたかは、長くなるから省略するが。意外か? オレが勉強なんてしてるのは」

「初対面だったらそう思ってただろうけど、いまは思わない」


 この人はきっと、学ぶことが好きなのだ。この世界の真理を追求することに興味があるのだ。

 でも、女性の教育が制限される場所に生まれてしまい、それが叶わなかった。

 きっと、メアリはそのような女性だ。


「……あっそ。とにかくだ、他の国としっかりコミュニケーションを取らねえと、この国に未来はない。オレはそう思う。今のこの国では、ダチを大切にすることよりも勉強を優先したお堅い奴らしか、英語ができねえ。外交とか、そういった難しいことをするには、充分だろうな。だが、それだけじゃ、駄目だ。ある程度幸せなやつらをもっと幸せにすることはできても、最初から土台にすら上がってねえような弱者は、外交では助けられない。ここは(まが)いなりにも先進国だからそういう弱者は少ねえが、世界には金を渡しても使いどころがない連中が大勢いる」


 シオリは黙って頷いた。

 差別はお金ではどうにもならない。一時しのぎならできるかもしれないが解決にはならない。


「そういう貧しい連中を助けるのに必要なのは、コミュニケーションだ」


 淡々と、しかし言い切った。


「いくらお偉い野郎どもが偉そうに話そうと、なかなか救われないやつらを、オレは助けたい。支援とか、そんな一時しのぎのものじゃなくてな、そういう弱者とダチになって、一緒に笑いあいてえんだ。救われないやつらの心を、ほんの少しでも救いてえんだよ。それがオレの夢だ」


 メアリは前を見据えたまま話し続ける。


「〈あの光〉から生き残ったオレたちは、ほとんどその弱者だ。そこでオレは自分がなにをすべきか、考えた。きっと、みんなが同じ悲しみを背負っているこの場所で、殺したくもない人を殺し、穢れた血を涙で洗った連中のために。オレに何ができるのか」


 正面に大きな木が見えた。メアリはハンドルを回す。


「答えはひとつしか浮かばなかった。みんなとダチになって、一緒に笑い合う。そして、肩を貸し合いながら真実へ歩いて行く。オレにできるのは、それだけだ、ってな。似合わねえだろ。笑えよ」

「笑わないよ」


 シオリは微笑んだ。あえてメアリに目をやらず、空を向いたまま。


「すごく、立派だと思う。盗みはいただけないけど」

「いくらカッコつけようと、オレは不良だからな。この陰謀の裏側にいるやつらに『てめえの思い通りにはさせねえよ』って言いたいんだ。そいつらはオレたちを内陸に閉じ込めたいらしいから、外に出て、暴れて、注目させてやるんだよ。この国じゃいくら慈善事業をしても情報は広まりにくいし、そもそも〈魔の穢れ(マ・ゾルミ)〉に関することは報道されにくい」

「そうなの?」

「残念ながら〈神の末裔(シン・トルファ)〉にとって〈魔の穢れ(マ・ゾルミ)〉は差別の対象であり、痛みつける対象だ。報道の精神は嫌いじゃねえが、『事実を事実として報じる』ってのは、受け手側の信頼の上に成り立っている精神だ。〈魔の穢れ(マ・ゾルミ)〉が慈善事業をしたって、『嘘だ』『そんな醜いものカメラに映すな』って罵られて信頼をなくすだけ」

「そんな、ひどい」

「そういうもんだよ。お袋が〈魔の穢れ(マ・ゾルミ)〉で、閉鎖的な村に住んでたお前には実感が湧かないかもしれねえが、元〈神の末裔(シン・トルファ)〉のオレが言うんだ、間違いねえよ。政府や報道みたいに大きな力を持つところほど差別からは目を逸らしたがる。立場上、差別を容認しているとも反対しているとも言いにくい」


 報道について話すユメの横顔が思い出される。かっこよかった。たくましかった。でも、確かに、ユメは大きなしがらみに囲まれている印象もあった。


 うつむくシオリに「空見てろって言ってんだろ、酔うぞ」と忠告し、メアリは続けた。


「この件に何かしら政府が関わっているのは一目瞭然だろ」

「ええ」

「おめえらが作った〈魔の穢れ(マ・ゾルミ)〉が、おめえらの作った枠の外で暴れまわってるぞ、って思うと、ざまあみろって気になるだろ」

「ならない」


 ハハッ、とメアリは笑う。


「フミと同じ反応だな。もう少し歳をとって、地位や利権に包まれた醜い人間関係を目の当たりにすればわかる。そういう意味では、〈神の末裔(シン・トルファ)〉と〈魔の穢れ(マ・ゾルミ)〉の関係はシンプルでわかりやすいな。明確な上下だ」


 メアリはきっと、フミに対して他の仲間たちとは違う感情を抱いている。

 シオリはそう感じた。他の仲間たちがルーインに連れ去られたときと、フミひとりが奪われたときでは、あまりに憤り方が違った。フミが最後のひとりだったからなのかもしれないが、それだけではない気もする。


「そのフミって子は、反対してたのにどうしてあなたたちの仲間になって盗賊行為をしたの?」

「本人に聞けよ。これから会いに行くんだ」

「それもそうね」


 道が少しなだらかになり、スピードが上がる。


「オレからもひとつ訊きたい。ユリアだっけ、あいつはなんでオレを助けたんだ?」

「本人に聞いて。これから会いに行くだから。あと、ユリアの名前は覚えてるのね。私の名前は覚えてないのに」


 車内で二人は笑いあう。決戦前の最後の安らぎだった。

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