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ゲット・アウェイ・ガールズ  作者: 中條利昭
第一部 〈あの光〉篇
37/76

第五章 7、喧嘩

「ここは決闘場だ」


 ユリアの隣でバンダナの女が言った。


「〈あの光〉の後の騒動で生き残った連中は、もともと喧嘩慣れしてるような、血の気の強い奴らが多いんだよ。意見がぶつかることもよくある。そんなときに志と志をぶつけ合って勝敗を分かつのが、ここだ」


 ユリアは倉庫の屋根の上にいた。この女に促されて登ったのだ。


「そういや自己紹介がまだだったね。あっしはエリカ」

「わたしはユリア」

「改まって言われなくたって覚えてるさ」


 ゲット・アウェイ・ガールズの他の面々も周囲の屋根や車の上に登って座っていた。それぞれを線で結ぶと、手書きの不器用な円のようになるだろう。直径二十歩ほどの円。その中はただの砂地だった。芝生も大きな石もない。いるのは、シオリとメアリのみ。円から外に出る道を塞ぐように松明が置かれ、二人を照らしている。

 ユリアたちは、いわゆる観客だった。

 シオリから預かったカバンを、ユリアはぎゅっと抱え込んだ。


「観客としてのルールを説明するぜ。ひとつ。決闘する者たちに手を出してはならない」


 エリカはひとつずつ指を広げていく。


「ふたつ。観客はどちらの味方であっても、敵であってもならない」

「どういうこと?」

「本来あんたはシオリの味方だろ? あっしらはボスの味方。でも戦いの火蓋が切られたら、そうじゃなくなる。応援はしてもいい。むしろどんどんすべきだが、応援する相手はシオリでもボスでもない。己の魂をぶつけ合う戦いを、応援するのさ」


 やさぐれた香りのするエリカだが、その笑顔のまぶしさに、ユリアは安心感を覚えていた。


「みっつ。終わった後は両者をねぎらうこと。賞賛すること。決着がついたら、その場に対立は存在しない」






 多くの子どもたちと同時に戦ったことはあれど、こうして多くの人に眺められながら戦うのは、初めてだった。

 戦うことになる可能性は森の中を歩いているときから考えていた。考えていたが、まさか一騎打ちになるとは。

 ユリアへ顔を向ける。「がんばって」と口が動いた。

 ユリアまで戦うことにならなくて、シオリはホッとしていた。彼女の能力はまだ全容が掴めていない。暴走して熱くなっていたシオリを冷ましたらしいが、シオリ自身はそれを覚えていないし、それ以降(シオリの知る範囲では)ユリアは能力を使っていない。


「来いよ。お前が動いたら、試合開始だ」


 メアリは構える。力むのでなく、力を抜いて、薄く構えている。隙がない。戦うことに慣れているのは一目瞭然だった。

 彼女の能力が何なのかはわからない。真正面から突っ込んでいくのは勇気が必要だった。

 だが、それは向こうも同じはずだ。メアリだってシオリの能力を知らない。

 さきほどメアリは脅しでシオリへ手を向けた。彼女には多くの仲間がいて、多くの能力を知っているだろう。シオリの〈蒼い火炎(ヴァル・ファルコ)〉もそうだが、あのように手から発する能力は多いのかもしれない。


(あの動作は手慣れたものだった)


 メアリの能力もそのような類のものである確率は高い。


 それならば、肉体を強化する〈肉体強化(ラグ・ヘイト)〉のような能力は、彼女にとって意外なのではないだろうか。


(一撃で、仕留める)


 覚悟を決め、構える。できるかぎり小さな動作で、強く地面を踏み込めるように。

 身体中に力を入れる。

 筋肉が熱くなる。

 ゆっくりと息を吐き、止める。

 息を止めると、心臓の音がよく聞こえた。観客たちもシオリの初手に注目しているらしい。

 そして、踏みこむ。

 全身で空気を引き裂くような感覚。

 メアリの顔が眼前に来た。

 勢いそのまま、腹へ拳を突き出す。


「そういうやつか!」


 拳が肉をえぐる感覚がした、と思ったが、それはメアリの両手だった。シオリの右手がメアリに掴まれたのだ。


「痛ってえな」


 素手で受け止められるとは思わなかったが、シオリはうろたえない。メアリは両手で受け止めたため、隙ができていた。空いた左手を突き出す。

 その時、メアリの広角が吊り上がった。


「!」


 悪寒が走り、後方へ跳ねる。

 やるなーあいつ、と歓声が聞こえた。


「やるじゃねえか、クソガキ」


 離れてからあの嫌な予感の正体に気づいた。メアリの〈魔力(マ・ラギ)〉はおそらく手から何かを発生させるものなのだろう。もし手を掴まれた状態でその能力を使われていたら。


「私はクソガキじゃなくてシオリ。さっき自己紹介したばかりなのに、もう忘れちゃったのかしら、小脳さん」

「覚えられたければ、まず名を覚える価値を示すことだ。能力は〈肉体強化(ラグ・ヘイト)〉か」

「正解」

「お前ほどではないだろうが、オレだって力には自信がある」


 メアリが飛び出した。その拳をシオリは腕一本で受け止める。だが、


(重たい……!)


 驚かされている隙に、メアリの脚が腹部へ薙ぎ払われる。ノーガードで受け止めると、鈍い痛みが走った。シオリも体を回して蹴りを見舞うが、届かない。リーチの差が大きかった。

 蹴りの後は隙が大きくなる。メアリが舞い、逆回転の回し蹴りをシオリの背中へ与える。

 体勢を崩し、シオリは地へ伏せた。すぐに飛び跳ねて起きると、さっきまで倒れていたところをメアリが踏み潰していた。

 歓声が上がる。


「いいぞいいぞー」「やるじゃんちっこいの!」「頑張れー!」


 ユリアの声はない。ふとそちらに目をやると、両手で口を覆ってパチパチとまばたきをしていた。隣の女は楽しそうにはしゃいでいる。よそ見してる場合じゃないぞー、と。

 反射的にしゃがむ。メアリの腕が髪先をこすった。


「よそ見とは、ずいぶんと余裕綽々だなあ、ちっこいの」

「さっき名前を言ったのに、もう忘れたの? 顔に似合って頭が悪いのね」

「少々口は悪いが、その目は嫌いじゃないぜ」


 シオリは再びメアリへ踏み出す。

 殴り、避けられ、蹴られ、かわし、体当たり。

 しばらく互角の攻防が続いた。

 だがメアリはまだ〈魔力(マ・ラギ)〉を使っていない。

 本来持つの力の差やリーチの差、なによりメアリの優れた反射神経により、シオリの攻撃は未だに一撃も直撃していなかった。初手で手にダメージを与えた以降は防御による軽減されたダメージのみだった。それでもシオリの攻撃は充分に重たいはずだが、メアリの表情から余裕が消える瞬間はなかった。

 シオリだってまだ大きな攻撃は食らっていないが、小さなダメージが確実に蓄積されてはいる。

 現状は互角か。

 メアリが能力を隠していることを思うと、どうだろう。

 でも、


(どうしてだろう、楽しい)


 誰かと戦っていて、楽しいと思ったのは初めてだった。

 歓声はどんどん大きくなっていく。みんなメアリの味方だというのに、応援してくれている。これだけの人数に応援されたのは初めてだった。火と火が重なって大きくなるみたいに気持ちが高揚し、受けた痛みさえも心を熱くする原動力になった。


「頰が緩んでるぜ。楽しいか?」

「……うん。不思議な気分」

「そいつはよかった」


 さらに攻防は続き、ついに戦況が動いた。

 メアリの拳を手のひらで受け止めたシオリは、力いっぱい手を握る。

 骨が軋む音がすると、初めてメアリの顔がゆがんだ。

 手を掴まれたままメアリが脚を薙ぎ払う。それを避け、ふたりは距離を置いた。メアリの赤紫の瞳が、かすかに潤んでいる。


「痛ってえなコノヤロウ……」

「残念だけど、私は野郎じゃない。あなたのほうが野郎に近いでしょ」

「うるせえよ。ほんと口悪いなお前。オレの知る限り、二番目に悪い」

「一番が気になるところね」


 すると、ギャラリーが笑い声で湧いた。その理由がわからず、うろたえてしまうが、メアリから目を離す余裕はない。


「そろそろ、お遊びは終わりにしようか。オレも〈魔力(マ・ラギ)〉を使わせてもらう」


 シオリは一歩退き、改めて集中した。神経を研ぎ澄まし、空気の揺れを掴もうとする。

 どんな能力なのだろう。やはり手から何かを出すようなものなのだろうか。そうだとすれば、今までどおり短距離戦に持ち込み、地道に攻めたほうが有利なんじゃないか。どのみち〈肉体強化(ラグ・ヘイト)〉は短距離に特化した能力だ。

 シオリは正面から飛びかかる。相手の攻撃を避けられるよう、スピードは出しすぎない。まばたきを禁じ、メアリの動きに注視する。

 彼女の口角が上がった。


「予想通りの動きだ」


 メアリの拳が開き、シオリへ向けられた。

 地面を蹴り、正面を避ける。


「それも予想通りだ」


 メアリの手が輝いた。シオリは視界を防がぬよう腕を盾にして構え、メアリの手へ注目する。

 しかしそれが逆効果だった。

 腕を盾にしたことが、ではない。

 メアリの動きに注目しすぎたことが、だ。

 メアリの手の輝きが、音もなく爆発した。

 それは光の爆発。

 視界すべてを白く染める閃光。

 まばたきを惜しんでいたシオリの目に、強烈な光が襲いかかる。

 目を瞑るが、遅すぎた。

 視覚が完全に奪われる。

 目の奥がじんじんと熱を帯びていく。まるで眼球が肥大したみたいだった。

 自分がどこを向いていて、どこに立ったいるのかも見失ってしまう。

 しかし耳は生きている。

 メアリの動きを、音で聞き取ればいい。

 そう思っていた。

 だがメアリの足音は聞こえない。

 なぜ動かないのだろう。

 違和感に気づいたとき。


「シオリ!」


 ユリアの叫びだ。

 シオリは考える前に横へ飛んだ。

 脇腹に、熱いものがかすった。

 ジリジリとした熱が、服を貫通する。


「やるな。だが、まだまだオレのターンだ」


 腕を振る乾いた音とともに、なにかがシオリの胴体を切断した。

 焼けるような熱。熱だが、炎ではない。

 シオリの体は力なく地面に落ち、砂地の表面を削る。

 ゆっくり目を開ける。目を開けるが、視界は真っ白に塗りつぶされたままだった。まばたきをしたとき、焼き切られた跡の残ったフェンスが、まぶたの裏に写った。

 少しずつ疼痛(とうつう)が薄れ、色が戻ってくる。メアリの脚、松明、屋根の上から見下ろす女の子たち。


「どうだ? 驚いたか?」


 熱い。おなかがじんじんと熱い。

 熱が尾を引くが、痛みはそこまで強くなかった。シオリは立ち上がる。


「驚いた。最初の閃光は、届く範囲が広いのかしら」

「そうだな。人間の視野くらいはある」


 あれをまともに食らうと、しばらく視界を封じられてしまう。


「あれが発生する前に、手が小さく輝いていた。それが合図ね」

「たった一度で見抜くとは、やるな。ガキンチョ」

「そろそろ名前を覚えてくれない?」

「オレに勝ったら考えてやろう」


 おなかに手を当てる。服がやぶれ、おなかが剥き出しになっていたが、血は流れていない。脇腹から脇腹へ、真一文字に薄く腫れていた。

 あれはなんだろう。

 ルーインの火の柱を思い浮かべる。あれがもっと鋭くなったようなものだろうか。

 ふと松明に目を向ける。夜を照らす炎。

 夜を照らす、光――。


「……そっか。目が見えなくてよくわからなかったけど、最後に私の胴を横切った熱は、光かしら。熱を持つ光。最初の閃光を踏まえると、あなたの能力は、光を放つもの。違う?」


 メアリは口角を鋭く上げる。


「正解だ。オレの〈魔力(マ・ラギ)〉は〈(レイラ)〉。光を放出する力だ。指向性を広げれば視界を奪う閃光となり、狭めれば全てを焼き切る刃となる」

「それでフェンスを切った」

「ご名答」


 メアリがシオリに手を向ける。その手をかわした途端、白い直線が放射された。刹那、頰から紙一重のところを貫いていく。


(早い……!)


 光線の頭が見えなかった。あまりにも早いそれは、まるで光そのもの。

 顔にじんわりと熱を感じる。それが先ほどシオリが受けたものの正体だろう。


「避けた気になってるなら、学習能力不足だぜ、クソガキ」


 メアリが手をひねる。その意味を、考えるより先に感覚で理解した。

 顔を腕でかばう。左腕で頰の向きを、右腕でメアリの向きを。

 ギリギリだった。光線がシオリの上腕をなぞるように引き裂き、鋭い熱が植えられる。

 だが、シオリは止まらない。すぐさまメアリへ突っ込む。


「なっ!」


 メアリは両腕を交差させて盾にした。シオリはかまわず拳をぶち込む。盾を破壊すべく。

 骨と骨がぶつかる感覚。

 そして、メアリは吹き飛んだ。

 歓声が湧く。興奮の渦が巻き起こる。

 地面に落ちたメアリは受け身を取り、その勢いで跳ねるようにして立ち上がった。


「おいおい、もろにオレの光線を受けたくせにノーリアクションで突っ込んでくるかよ」

「体だけは頑丈なの。すごく痛いし熱いけど、この程度じゃ私からは一瞬だって奪えやしない」

「言ってくれるねえ」


 言葉とともにメアリが踏み込んだ。

 シオリも正面から体当たりしようとしたところ、メアリの手が光った。

 視線をずらし、目を閉じる。


「よそ見してる場合か?」


(しまった)


 目を開け、対峙する。閃光に見せかけて光線を放ってくると思ったから。

 しかし彼女はそのまま閃光を発した。

 視界が奪われた途端、メアリの脚がおなかをえぐる。

 胃酸を喉で感じたとき、熱が両肩に噛みついた。

 上下感覚が消え、後頭部に鈍い衝撃。

 視界が戻りかけた途端、おなかを踏まれてしまう。

 酸っぱいものが口から噴き出し、顔にかかった。


「これでチェックメイトだ」


 メアリが顔へ手を向ける影が見えた。

 シオリの目はまだ光と影しか写すことができない。

 その不完全な視界の隅で、松明に照らされた影がひとつ、消えた。


(え……?)


「ちょ、ちょっと待って!」

「待たねえよ」


 少しずつ視界に色が戻っていく。

 消えた影の隣にいた仲間が、驚いたように消えた影へ目を向けた。その瞬間、彼女も光に包まれ、消えた。


「あっち! あなたたちの仲間が!」

「ああん?」


 シオリの指差す方向にメアリは目を向ける。ざわざわとした不穏な喧騒が流れ始めた。


「クロマとネルがいなくなった!」


 仲間のひとりがそちらを指す。メアリとシオリは声をあげた子へ振り向く。

 そして、その子も消えた。


「なっ……!」


 メアリはシオリの上から退き、辺りを見回す。

 うろたえる群集。震える空気。


(そうだ、ユリアは)


 ユリアを探す。

 いた。左足の方角。屋根の上。不安そうにきょろきょろと首を動かしている。

 その隣にいた女が「どういうことだ?」と立ち上がった。


「こういうことだ」


 低い声とともに、彼女も光に包まれた。


「エリカ!」


 メアリは手を伸ばすも、消える友まではまるで届かない。


「エリカ……おい! ガキ! そこから飛び降りろ! 早く!」

「え?」


 その疾呼(しっこ)が、むしろユリアの怯えを強くする。


「早く!」


 シオリも動こうとするが、メアリが駆け出したのが先だった。


「ユリアー!」


 ためらっていた様子のユリアだったが、シオリが叫ぶと、決意を固めたように口を結び、屋根から飛び降りた。まるで転がり落ちているみたいに不恰好だったが、地面に衝突するすんでのところでメアリが受け止めた。


「だいじょうぶか!」

「う、うん」


 また視界の端が発光し、誰かが消される。


「お前らもこっちに降りてこい!」


 メアリの一声で全員が広場へ飛び降り、円の中心に集合した。

 八人いたはずのゲット・アウェイ・ガールズは、四人になっていた。


「最悪のタイミングで来やがったな……」

「ええ。あなたたちも、あいつに会ったことがあるみたいね」

「てめえもあんのか。どうりで戦い甲斐があるわけだ」


 六人で背中を合わせ、全方向へ目を光らせる。

 沈黙が訪れ、空間が()ぐ。

 松明の炎。虫の声。森の唸り声。自身の息切れ。

 集中して音を聞き分けようとするも、どこかにいるはずの違和感は聞きとれない。


「くっ……! 出てこいクソアマ! こそこそ隠れてんじゃねえよ!」

「了解」


 その声に振り向くと、眼前には巨大な炎の塊。

 各々が散り散りになり、逃げる。さっきまでシオリがいたところを中心に濃い砂煙が広がった。


「だいじょうぶか!」


 煙がやむと、シオリは場にいる人数を数えた。

 シオリを含め、五人。

 ひとり居なくなっている。

 その代わり、さっきまでユリアたちがいた屋根に、黒衣の女が立っていた。


「ルーイン……!」

「ごきげんよう、小汚い盗人たち。そして、スペシャルゲストのおふたりさん」


 満月を背景に、ルーインは妖艶な所作でお辞儀した。

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