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ゲット・アウェイ・ガールズ  作者: 中條利昭
第一部 〈あの光〉篇
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第五章 6、対立

「オレたちはゲット・アウェイ・ガールズ! このクソッタレな現実を吹っ飛ばし、陰謀を暴き出すと誓った、高貴なる姉妹きょうだいだ」


 メアリの太い言葉が、地面へ、家屋へ、森の中へと反響した。

 シオリとユリアは目を合わせる。何度か目をパチパチさせた後、同時に首をかしげた。


「げっと、あうぇい、がーるず?」


 聞き馴染みのない言葉の羅列だった。


「なんだ、その間抜けなイントネーションは。お前ら、英語も知らねえのかよ」

「英語?」


 聞いたことがあるような、ないような。そんな響きだ。


「ま、そんくらいの歳じゃまだ知らなくて当然か。内陸の田舎者だしな。英語ってのはな、読んでその名の通り、世界最大の国、英国の言葉だ。こんなチンケな島国とは比べものにならねえくらい、でかいところだよ。しかも英語を使うのは英国だけじゃない。世界中のあちこちで母国語として用いられている。お前らは意識したことがないかもしれねえが、この国の日常会話にだって何気なく使われてんだよ」


 いかにもガラが悪そうなメアリが、このようなことを誇らしげに話しているのは、なんだか意外だった。


「世界で最も使われてる言葉だってのに、このランフ国は英語教育を軽視している。島国だってこともあって外国との繋がりは薄い。一部の偉い人間が貿易とかで使えればいい程度だから、高等教育にしてるのも無理はないが」


 また始まったよ、と彼女たちの中から呆れるような声が混じるようになっていた。バンダナの女は「ボスはこうなったら止まらねえからなあ」と眠たそうにあくびをしていた。

 メアリは語り続ける。


「無理はねえが、これからは国民ひとり一人が、もっと海外に目を向けなきゃならない時代が来るはずだ。絶対に」

「そんなことよりもあなたたちって」

「『そんなことよりも』じゃねえよ!」


 大声に驚いてまばたきをすると、メアリの手のひらがシオリへ向いていた。ルーインの炎が脳裏によぎり、反射的にシオリはユリアを抱えて手の正面を避ける。一瞬たりともメアリから目をそらすことなく。

 だが、メアリの手からは何も出ない。


「なかなかいい反射神経じゃねえか」

「……ハッタリ」

「手の内はそう簡単に見せやしねえ、ってだけだ。オレはな、こう見えてそこまで好戦的じゃねえんだよ。さあ、質問の続きを聞いてやろう」

「あなたたちも、私たちと同じ〈あの光〉の被害者、よね」

「いかにも。〈あの光〉で〈魔の穢れ(マ・ゾルミ)〉になった元〈神の末裔(シン・トルファ)〉だ」


 これだけの人数が生きていたことに、シオリは安堵した。でも、


「同じ境遇の仲間が、向こう側で盗みを働いていたことが不満か?」

「……ええ」


 頷き、唾を飲む。


「フェンスの穴を開けたのも、あなたたちかしら」

「ああ。よく見つけたな」

「あなたたちはどうして臨海部へ向かったの? 真実を知るため? それとも、盗みを行うため?」


 どうしてそんな質問をしたのか、と言ってから思った。


「後者だ」


 はっきりと言い切るメアリに、気づかされる。前者だと言ってほしかったのだろう、と。盗みが何かの間違いで、この人たちだって悪人じゃないと、信じたかったから。


「臨海部に答えなんてない。そもそもあそこはオレたち(マ・ゾルミ)が人間として住める場所じゃない。違うか?」


 シオリは返答に窮した。その通りだと思ったから。もし臨海部の差別があれほどまでひどいと知っていて、かつハイドのことがなかったとしたら、自分たちは臨海部に向かっただろうか。臨海部で得られる情報の多くは、こちらでもテレビなどで得られるのだ。


「わざわざそんな質問をするってことはおチビちゃん、オレたちの知らない、なにか特殊なことでも知っているのか?」

「いや……」

「その顔は図星だな」


 メアリは見下すように尖った歯を見せる。


「まあいい。そいつはあとでじっくり聞くとしよう。今はお前が質問する時間だ。どうしてオレたちが盗賊行為なんてしてるか、聞きたそうだな。罪の意識はないのか、って顔に書いてるぜ」


 シオリは慎重に首肯する。


「〈あの光〉の被害者なら判るだろ。あらゆる食べ物は腐り、食べられるものは限られ、その限られたものもいつ底を尽きるかわからない恐怖が。ひとつの場所に留まって畑でも耕かせば生き延びられるかもしれないが、同じ場所にじっとしてはいられない、この気持ちが。時に肉だって食いたくなる、この衝動が」


 痛いほどわかる。ヘンデ村にずっと止まる選択肢なんて、最初から考えなかった。

 しかしシオリはメアリを認めない。


「いくらなんでも盗みなんて間違ってる」

「オレたちは飢えで苦しんでる。いつかは尽きる保存食でなんとか命を繋いでるんだ。それに引き換え都会の野郎どもはどうだ。好きなものを好きなときに食って、なんなら好き嫌いで捨ててるんだぜ? フェンス一枚でこの差。オレたちはこの差を埋めてるだけだ。平等云々いうのは好きじゃないが――オレの言いたいことがわかるか? クソガキども」


 メアリはシオリを睨む。

 シオリも、メアリを睨む。


「お前たちは一度臨海部に向かったんだろ。その服は、どう見ても内陸部のものではないな」


 胸に小さなトゲが刺さったような痛みが走った。


「お前らの金で買ったのか? 内陸部で死んだ誰かの財布から盗んだんじゃないのか?」


 この服はユメに買ってもらったものだ。でも、所持金はユメを含め、死んだ誰かから借りたものだった。


「盗んだんじゃない。借りたの」

「往生際が悪いな」

「泥棒に言われたくない」

「あの日以降、お前が食べたもの、寝食した場所、羽織った衣。それらだって、死んだ誰かからくすめたものだろ」

「うるさい」

「生きてる人間から盗むのと、死んだ人間から盗むのは、なにが違うんだ?」

「……うるさい」

「まさか、死んだ連中が『私たちの代わりに真相を暴いてください、お願いします、食べ物差し上げますから』と言ってきた、なんて言わないよな」


 シオリは閉口し、歯ぎしりする。

 亡くなっていった人たちの無念を晴らしたい、という思いはあった。人を背負って運ぶたび、その思いは強くなった。その度に、ものを借りる罪悪感は減っていったかもしれない。自分にとって都合のいい解釈を繰り返しながら。


「それでも……」


 口を開けたのはユリアだった。


「それでも、ものを奪い取って人を傷つけるのは、違うよ」


 すると、彼らの隅にいた小さな女の子が「違います……!」と声をあげた。


「違います、メアリさんは……」

「フミ」


 メアリがその子を制す。フミと呼ばれた黄色い瞳の子は、なにか言いたげにメアリとユリアを交互に見やった後、うつむいた。


「すまないな、話を止めてしまって。オレたちの中では一番若いんだ。許してやってくれ」


 あの子も窃盗をしたのかと思うと、いたたまれない思いが込み上げた。大人しそう子だ。どんな思いで犯罪に手を染めたのだろうか。


「お前たちは、オレたちに何を望む? 何も望まないなら、とっとと帰れ」

「帰らない。私は、これ以上あなたたちに盗みをはたらいてほしくない。同じ境遇だからこそ、これ以上罪を重ねてほしくない。臨海部の人たちを傷つけてほしくない」


 数時間前、シオリは臨海部の人たちに傷つけられた。

 しかし助けられてもいた。

 負の感情に固執することより、温かい感情を大切にしたい。


「嫌だと言ったら?」


 メアリの口角が吊り上がる。血の気に満ちた獣のようだった。

 その獣へ、シオリは立ち向かう。


「力づくでも、あなたたちを止める」

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