第五章 5、盗賊団
「こんなにすぐ内陸部に戻ってくることになるなんて」
山道を歩きながらユリアがつぶやく。
「ほんとにね」
シオリたちは盗賊団の足跡を辿り、境界の森を登っていた。ひなたが少ないせいか、先日の雨で濡れた地面が乾ききっていなかったため、足跡が残っていたのだ。
盗賊団の足は速く、シオリたちが広場を出たときにはもう姿が見えなかった。しかし向かう場所はわかっている。シオリたちはゆっくり追いかけることにした。フェンスまで登りきる頃にはずいぶん疲労が溜まっており、森を数時間歩き続けた今は、止まったら最後、足が棒になりそうだった。
広場で遭遇して以降、盗賊団の姿は遠目でも見かけられなかった。走ったのだろうか。それとも、なにか別の手段を使ったのだろうか。
陽が少しずつ落ちてきていた。ただでさえ鬱蒼とした森の中だ。足跡が見えづらい。
(でも、この方角はたぶん)
左手の地図に目を移す。シオリたちはフェンスの穴からもっとも近い村へ向かっていた。ユメがシオリたちと会う前に訪れたという村だ。数時間歩かなければならないとはいえ、臨海部から物を奪い、かつ警察の手から逃れられる拠点としては最適だろう。
ユメはそこを訪れたときに「人っ子ひとりいなかった」と言っていた。誰かが遺体の掃除をしたのだろうが、盗賊団たちかもしれない。ユメが訪れたときには留守だったのだろうか。
他にも気になることはあった。
まず、どのようにして盗んだ物を運んだのか。広場から逃げるときは、なにも持っていないように見えた。〈魔力〉だろうか。たとえば、ものを小さくするような。盗んだ物を小さくして持ち運ぶ。しかし彼女たちはバラバラで盗みをはたらいた。二人一組で行動していたので、そのペアの中に同じ能力を持つ者がいなくてはならない。そんなこと、ありえるのだろうか。
ということは、別の何か。
たとえば、ルーインの持っていた、あのボール。
あのボールは一体なんなのだろうか。きっと広く出回っているものではない。
(ということは、あの盗賊団はルーインの仲間?)
なんとなくだが、それは違う気がした。どうもルーインの人物像と盗賊行為が結びつかないのだ。
どちらにせよ、注意をするに越したことはない。
疑問は、会って直接ぶつければいい。
日の入りも近くなった頃、シオリたちは村にたどり着いた。
前にいた集落よりもずっと立派なところだ。ミルサスタほどではないが、ひとつひとつの建物が都会的で頑丈そうだった。レンガ造りが多く見られる。
そんな景色の中、はしゃぐような騒ぎ声が聞こえてきた。女の子のものだが、どこか男くさい。
おそるおそる足音を消しながら近づいていく。火の音が聞こえる。肉が焼ける匂いがする。ふと、遺体を燃やすあの匂いだ、と思ったが、違った。もっと香ばしい薫り。おなかが反応してしまう。
建物の陰からこっそり顔を覗かせる。女の子たちが火を囲んで座っていた。間違いない、昼間に見かけた子たちだった。
なんの話をしてるのかはわからないが、絶えずガハハと笑い声が聞こえる。ずいぶんと久しい響きだった。ユリアと、ジャネルと、みんなと遊んだ頃が思い出される。
(ちょっとだけ、羨ましいかもしれない)
「行こうか、ユリア」
「……うん」
ひとつ、深く息を吸い込む。胸いっぱいに溜めた後、ゆっくりと時間をかけて吐き出す。どうやら緊張しているらしい。
踏み出す。あえて靴底で地面をこすって音を立てた。
向こう側に糸が張ったのが、肌で感じられた。彼女たちの手の、串に刺さった肉塊から汁が滴る。
食事の手を止めてシオリたちを睨む女の子たちの中にひとり、手を止めずに肉を頬張り続ける者がいた。ボサボサの髪を頭の後ろの高いところで束ねている。その量の多い髪は、獅子のタテガミを連想させた。歳は彼女たちの中では上の方に見える。目つきは尖っているが、決してシオリを睨んでいるようではなかった。食事を続けながら、シオリと目を合わせ続ける。シオリも目を離さない。
彼女たちと五歩ほどのところまで近づき、シオリは立ち止まる。
女が立ち上がった。
「お前らは飯を続けてろ」
低く、枯れた声だった。いかにも素行が悪そうに見える。彼女がリーダーなのだろうか。
緊張した空気だったが、彼女の隣の女が「りょーかい!」と明るい声で肉を頬張った途端、場の緊張が頓に緩和した。何事もなかったようにざわざわとし始める。赤髪をバンダナでまとめたその女は「ヘヘッ」と笑い、豪快に肉へ噛みつく。
その調子に、シオリは驚いた。
「お前ら、客か?」
肉を口に含んだまま、もぐもぐと尋ねるリーダーの女。瞳の色は赤紫。焚き火に照らされ、輝いている。
シオリはその問いに答えない。否、答えられない。
すると、さきほど真っ先に食事に戻った赤髪の女が「お前らも食うか?」と肉を掲げた。泥臭い笑顔だが、楽しそうだった。
彼女たちの空気感に、返事を戸惑ってしまう。
「……いらない。盗んだ肉なんて、いらない」
再び場に緊張感が宿った。
おっ、とリーダーらしき女が含み笑いを浮かべる。
「小っこいわりに頭がいいんだな、お前。そらあ、内陸部にこんな新鮮な肉があるわけないもんな。臨海から盗んだって考えるほうが自然なわけだ。それとも、お前たちの頭がいいんじゃなくて、単にオレたちを臨海部からつけてきただけか?」
「そう。あなたたちが盗みをはたらくところを見て、追いかけてきた」
集団の中から、攻撃的な視線が飛んできた。だが、リーダーの女が「おい」と制する。
「そんな顔してたら飯がまずくなる」
「す、すみません」
「というわけだ、小っこいの。今は飯の時間なんだ。話は後で聞いてやるから、オレたちの食事が終わるまで待ってろ」
「え」
シオリが呆気にとられていると、嘘のように活気が蘇りはじめた。すでにシオリたちは眼中にいない。
「ちょっと」
「黙ってろ待ってろ言ってんだろ野蛮人が」
「野蛮人って、あんたにだけは言われたく」
「オレたちは飯に集中してんだ。宴の時間を邪魔するんじゃねよ。すぐ終わらせてやるから、一緒に飯食う気がないんなら待ってろ。それとも、ただ待つってこともできねえのか、おチビちゃん」
下品な笑い声が上がる。
(私たちは肉以下か……)
ため息し、踵を返した。おなかの鳴る音が喧騒に吸い込まれていく。
ごちそうさま! と彼女たちが一斉に手を合わせるまで、シオリたちは建物の陰で体を休めていた。あの場所にいたら食欲がそそられてたまったものじゃない。
おかげさまというべきか、足の疲労はいくぶん回復していた。
「変な人たちだね」
ユリアの表情は複雑だった。笑っていいのか怒るべきなのか、ひょっとすると悲しむべきなのか、と悩んでいるような色。
「うん。なんか、調子を乱される」
案外悪い人たちではないのかもしれない。しかし堂々と盗みをはたらき、罪悪感を感じている様子もなく成果物を平らげていたのは確かだ。
「終わったぜ、出てこいよ」
リーダーの声だった。警戒の色はない。
シオリは陰から出て女へ向かい合う。焚き火に照らされる笑みには、たくましい魅力があった。
「さあ、なんの話だ。仲間にして欲しいのか? 歓迎するぜ」
「泥棒の仲間になんかなりたくない」
「泥棒だってさ。せめて盗賊って言ってほしいな。そっちのほうがかっこいい」
よっ、その通りだぜボス! と囃し立てるバンダナの女。ボスと呼ばれた女も「だろ?」と得意げだ。ひゅーひゅー、と周囲の女たちも思い思いに騒いでいる。
(やりづらい……)
隣でユリアが苦笑していた。緊張は多少ほぐれているらしい。
片付けをする女の子たちを、シオリは観察する。串を集めて袋に入れる、シオリたちよりも小さな子。地面に落ちてしまった肉や灰をほうきで集める、十五くらいの子。はたらく彼女たちに「ありがとさん!」「サンキュー!」と声をかける子たち。まるで大家族の団欒のようだった。
「もっとこっち来いよ。もう夜も近いし、冷えるだろ。火はいいぜ。体だけじゃなくて、心もあったまる」
シオリとユリアは顔を合わせ、同時に小さく頷いた。警戒心を心の片隅に置き、踏み出す。
焚き火の音がはっきりと聞こえる距離まで近づいた。火を間に挟み、女を見上げる。
「パチパチ、パチパチ。木が破裂するこの音も、風情だと思わねえか」
「そうね。落ち着く」
同時に、たくさんの人を燃やした罪悪感も蘇る。
「ところで、あなたたちは何者?」
「ところで、だってさ。つれねえガキだなあ。それに、何者かを人に訊く前に、まず自分が名乗るのが礼儀じゃねえか?」
声色は明るいが、独特の血の気があった。枯れているが太い、腹の奥から響いている野生の音。
「……私はシオリ」
「わたしはユリア。ヘンデ村の出身なの」
「ヘンデ村、か。聞いたことはあるがあんまり知らねえな」
片付けなどをして散り散りになっていた子たちが彼女の元に集まり始めた。歳も背格好もバラバラだったが、目の奥にあるギラギラとした野心は共通していた。
「オレはこの村の生まれだ。だが、こいつらの中にこの村の生まれは」
「あっしだけさ」
バンダナの女が手を挙げる。
「他の連中は、それぞれ他の集落の育ちでな。他人だよ。だが、同じ境遇と同じ志を持ち、ここに集まった」
ボスの女は右の拳で二度、胸を叩いた。心臓の位置だ。
「オレの名はメアリ。そして」
腕を勢いよく振り広げる。シオリには、まるでマントを翻すように見えた。
「オレたちはゲット・アウェイ・ガールズ! このクソッタレな現実を吹っ飛ばし、陰謀を暴き出すと誓った、高貴なる姉妹だ」




