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ゲット・アウェイ・ガールズ  作者: 中條利昭
第一部 〈あの光〉篇
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第四章 8、衝突

「シオリ!」


 ユリアの声でようやく目を開けることができたが、遅すぎた。目を守っていた腕を反射で盾にすることはできたが、肉体強化の能力を発生させるのは間に合わなかった。燃える拳で殴られ、吹き飛ぶ。

 鈍い痛みの上にひりひりとした熱が這っている。特殊な痛みに気を取られてしまったが、すんでのところで受身に成功することはできた。


「ユリア! 逃げて!」


 コクっと頷き、ユリアは後退した。ルーインから目を外さず、距離を取っていく。


「なるほど。ふたりで同時に相手した方が効率的だろうが、あえて一対一に持ち込もうとするか。そういうのは嫌いじゃない。それとも、あっちはまだ〈魔力(マ・ラギ)〉が発生してないのか?」


 図星だったが、シオリは「答える気はない」と短く言い放ってルーインへ突っ込んだ。

 顔面へ拳を打ち込む。


「早いね」


 ルーインは余裕綽々といったように手のひらをかざして炎の盾を作った。だが、シオリは怯まない。勢いを殺さず、拳で盾を貫いた。そしてルーインの手のひらを殴る。

 炎が消える。ルーインの目が見開かれているのが見えた。


「痛ってえな……!」


 彼女は飛ぶように跳んで後退した。その跳躍力は人のものとは思えなかった。たったの二歩で二十歩ぶんほどの距離を取られる。〈魔力(マ・ラギ)〉だろうか。


「お前の〈魔力(マ・ラギ)〉は、〈肉体強化(ラグ・ヘイト)〉か」

「ラグ・ヘイト?」

「肉体強化を表す古語だ。勉強になったか?」


 お互い一発ずつ食らっているとはいえ〈肉体強化(ラグ・ヘイト)〉があるぶん、シオリの方が優勢だ。それなのに、ルーインは余裕の笑みを浮かべている。


「あたしの〈魔力(マ・ラギ)〉は〈蒼い火炎(ヴァル・ファルコ)〉。文字通り、炎を生み出し、操る力」

「突風まで吹かせられるのね」


 今の跳躍や最初の一撃もそれを利用しているのだろう。


「お互い、自身の動くスピードを早めることができるってことだな」

「ええ。負ける気はさらさらないけど」


 ルーインへ翔ぶ。

 彼女はシオリの体当たりを軽々と避けた。だがシオリの目的は距離を詰めること。そのまま打撃を繰り出していく。

 ルーインは戦闘慣れしているらしく、それらを受け止めることなく、受け流して避けていく。一撃たりとも当たらなかった。

 しかしけっして余裕はないらしい。ルーインは一言も話さない。

 シオリは少し余裕が残っていた。


「この力使ってると、持久力も上がるから気をつけてね」


 その瞬間、ルーインの集中力が耳に分配されたのだろう、シオリの拳を受け流し損ね、左腕が打撃された。そこにできた隙に、回し蹴りを打ち込む。腰の肉をえぐり、骨盤を震わせた実感があった。

 ルーインの全身から炎が吹き出した。シオリは後方へ跳ねる。ルーインはそのままシオリから距離を取った。


「ガキのくせにやるじゃないか」

「ありがと」


 持久戦に持ち込めば勝てる自信があった。そのため、相手に休ませる気はない。シオリはすぐにルーインへ駆けていく。

 ルーインが炎の柱をシオリへ放つ。螺旋回転で渦巻くそれは、歪みのない直線を描いてシオリへ向かう。

 慣性で方向転換はできなかった。スライディングし、下へ避ける。一瞬だけ間に合わず、炎が肩をかすめた。カリサが燃え、痛みに歯を食いしばる。地を滑ったまま体勢を変え、地面に肩をこすりつけて無理やり火を殺した。むき出しになった肩を砂地に擦り付ける形になり、鋭い痛みが口から漏れた。こういうときに限って芝生がない。

 ルーインの手のひらが見えた。なんとか起き上がり、炎を避ける。それが消える前に脇からルーインへぶつかっていく。

 しかし彼女の空いた方の手がシオリを追っていた。腕の影になっていてすぐには判断できなかったが、その手は何かを掴んでいた。

 あのボールだ。


(まずい!)


 そのボールから光が放たれたのと、シオリが体をひねったのが同時だった。紙一枚鼻先をかすめて光が飛んでいく。

 ルーインが舌打ちする。


「惜しかったな」

「卑怯ね、相手を倒す前に無理やり連れ去ろうなんて」

「あたしはね、お前みたいな野蛮人とは違って暴力の趣味はないんだよ。できるかぎり平和的に解決したいのさ」

「なにが平和的よ」


 シオリはそのまま距離を詰め、ルーインの顔面に拳を打ち込む。ルーインはボールを持っていない右手をかざす。


「その手一本じゃ私の攻撃は受け止められないこと、忘れたの?」


 これで終わり、と右腕に力をねじ込む。ルーインの腕ごと顔面を打ち抜くのをイメージする。

 しかし、ルーインの手に触れた瞬間、力が抜けた。


「え?」


 そして、その拳を掴まれる。


「チェックメイト」


 左手のボールと視線が合う。


(どうして?)


 ルーインの手を振り払おうにも、その手はただの十歳児のものに他ならない。

 そのときだった。


「シオリ!」


 ルーインの脇からもう一本、短い腕が伸びてきた。その腕がボールを掴み、ルーインの腕からもぎ取った。


「ユリア!」


 空いた左手をルーインのおなかにぶちこむ。体勢が悪いため力が入らなかったが、こちらは〈肉体強化(ラグ・ヘイト)〉の力が生きていた。ルーインは(うめ)き声をあげ、シオリの右手を解放する。その瞬間、右手に力が戻った。その手を振り下ろすが、すんでのところで避けられる。


「乱入してんじゃねえよ」


 ルーインの全身に炎が纏う。不気味に黒ずんだ蒼だった。腕がユリアへ向けられる。

 腕から炎の柱が発射される一瞬前に、シオリはユリアへ跳んだ。その体を抱きかかえ、地面を滑る。足の裏で青黒い爆発が起こり、吹き飛ばされる。地面に墜落する摩擦で背中の布がえぐられて穴が空き、燃えるような痛みがほとばしった。

 しかしホッとした感情が優っていた。


「ごめん、シオリ」

「逆だよ。ありがとうユリア。さっきのは危なかった」


 ルーインを睨みながら立ち上がる。


(さっき右手の力が抜けたのはなんだったんだろう)


 彼女の右手に触れた瞬間、力が抜けたのだ。


「今の、なに?」

「二対一で挑んでくる卑怯者に教える筋合いはないな。まあ、あたしについてきてくれるなら話は別だが」

「いやよ。絶対にあんたなんかの仲間にはならない」

「〈あの光〉の正体が知りたくないか?」

「え?」


 シオリの反応に手応えを感じたのか、ルーインは冷たく口元を上げた。


「〈あの光〉を作ったのは、あたしの仲間なのさ。どうだ、そいつに会いたくないか? 真実を知りたくはないか?」


 出任せなのか、本当のことなのか。

 シオリはわからなかった。ユリアに目を向ける。困惑の色を浮かべていた。


「それ、本当なの?」

「もちろん」


 ぐっ、とシオリは睨む。

 ふっ、とルーインは口角を吊り上げる。

 一呼吸置き、シオリは胸に手を当てる。


「私は、真実を知りたい」


 そして、体の奥から決意の声を上げた。


「でも、人をたくさん殺したものを作ったやつの仲間になんか、絶対になりたくない!」


 声が反響し、幾重にも重なって返ってくる。風が吹き、砂煙を立てる。雲が動き、隠れていた太陽がシオリを照らした。


「どうしてもついてくる気はないんだな?」

「あたりまえでしょ」


 再び二人は睨み合う。ルーインの目は常人離れした力強さと暗さがあった。迫力に足が竦んでしまいそうになる。だがシオリは負けない。睨み返すのみだ。

 すると、ルーインがため息を吐いた。


「そうか。できる限り平和的な解決をしようと思ってたんだがな、仕方ない。第二志望の手段で行こう」

「第二志望?」

「そこのお嬢さん」


 ルーインはユリアに眼を向ける。

 ユリアの体がびくついた。


「な、なに」

「さっき、誰かを待ってるって言ってたよな」


 ユメのことだ。

 コクリと小さく頷く。


「まだ来ないみたいだな。お前たち、見捨てられたんじゃないか?」

「そんなわけないでしょ」


 答えたのはシオリだった。

 ハハッ、とルーインが笑う。愉快な笑いにも、嘲笑にも見える。


「なにがおかしいの」

「いいか、大人の世界ってのは汚いんだ。内陸だってそうだろうが、都会はさらに下劣。利権だとか矜持(きょうじ)だとかさ。お前らが待ってるやつも、そんな世界の人間だろう?」

「ユメさんはそんな人じゃない」

「どうだか」


 シオリの拳が震える。

 これは、怒りだ。

 ルーインの言葉は、あきらかにシオリたちを挑発するものだった。理由はわからないが、怒らせようとしている。

 そんな手に乗ってたまるか。

 シオリは負けじと挑発的な笑みを浮かべる。


「ひとつ聞きたいんだけど、あなたはどうして私たちが待ってるのが大人だって知ってるのかしら」


 子どもが待ち合わせしているのは、普通は子どもだ。それに、いま内陸部に大人はいないはずなのだから、待ち合わせ相手は子どもだと思うのが自然のはず。


「ほう。なかなか頭が切れるじゃないか」

「どういたしまして」

「口が悪いのが残念だ。まあいい」


 ルーインは腰のポーチからボールを取り出した。さっきのボールはユリアが持っているため、別のものらしい。


「もしかしてお前らが待ってるのは、こいつか?」


 彼女の手から光があふれ出した。ルーインの隣に光が落ち、人の形を作る。その影は座っていた。両膝を外側に曲げ、お尻をぺたんと地面につけて座っている。

 光が薄れ始め、その人物の造形が見えてくる。帽子をかぶり、リュックのようなものを背負っている。両手には大きな袋がそれぞれ。そして、首からカメラを提げていた。


「ユメさん!」

「お姉ちゃん!」


 紛れもなくユメだった。しかし様子がおかしい。

 寝ぼけているのか、座っているのに体がふらついている。首が据わっていないみたいに無造作に揺れている。右目と左目の視線が合っておらず、手持ち無沙汰に宙を泳いでいる。一度その目線がシオリたちを横切るが、そのまま横切られる。


「ユメさん……?」

「あーえへーあー」


 赤ん坊じみた調子外れの声だった。

 シオリの足が、膝が、指先が、震える。悪寒が背筋へ、首筋へ、脳の奥へ這いずり抜ける。

 ルーインがハハッと笑う。


「見ろよ、この馬鹿面。これが大人の世界で汚物をばらまく連中の、成れの果てだ。笑えるだろ」


 ユメの腕が軽く蹴られる。抵抗することもなく、おもちゃのように倒れた。そのまま目を泳がせ、「あーあーえー」と喃語のようなものを発する。


「この女から知能を消させてもらった」


 知能を、消した?

 シオリとユリアは目を合わせる。ユリアも言葉が理解できていないようだった。


「さて、起き上がる知力は残ってるかな。見ものだろ。お前たちはどっちに賭ける? 起き上がる能力があるか、ないか」


 ルーインはユメを踏みつけた。痛みは感じているのだろう、赤ん坊の泣き声のようにユメは叫び、体を揺らした。


「うるさいな。まあいい。どうせすぐ静かになる。こんな小さなオツムじゃ、もう数日と生きることはできないだろうからな」


 沸々と、なにかが込み上げてくる。

 熱く、ドロドロとしたなにか。


「ほら、お前らはどっちに賭ける。この馬鹿な女が起き上がれるか、起き上がれないか。それとも、賭けの内容を『何日生きられるか』に変えるか?」


 体の奥から重たいものかが噴き上がってくる。

 青くて、赤くて、黒い、流動体のもの。


「ああ、そういえばこれは感動の再会シーンだったな」


 思い出が頭の裏に流れていく。

 優しくしてくれた。親身に話を聞いてくれた。頭を撫でてくれた。


「ほら、挨拶でもしたらどうだ?」


 記者であることを誇りに思っていた。ファッションの仕事がしたいと悩んでいた。〈あの光〉について真剣に考えてくれた。

 顔を青くしながらも作業を手伝ってくれた。建物の陰で隠れて嘔吐していた。それでも、笑顔を忘れず励ましてくれた。

 料理を作ってくれた。一緒に眠ってくれた。たまに冗談を言って笑わせてくれた。

 臨海部へ行くための手段を真剣に考えてくれた。サングラスを用意してくれると言った。洋服をコーディネートしてくれると言った。

 これからも一緒に旅をしてくれるはずだった。


「もっとも、知力のないこいつは、お前らのことなんて覚えちゃいないだろうが」


 私たちの、大好きなお姉ちゃん。


 噴き上がってくる何かが肌を突き破ったとき、音にならない音が耳を支配した。目の前が真っ白になり、焼けるような痛みが全身を覆い尽くす。

 そして、すべてが消えた。

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