第四章 6、審判
さて、あの女をどうするか。
ルーインは森の中で岩に座っていた。
シオリという青い目の子どもは見つかった。リザを連れ去ったときにミルサスタにいたらしいので一度ミルサスタに拠ってみたが、案の定というべきか、空っぽだった。子どもの足だし、今はその周囲の集落か、その道中だろう。都市部へでも向かうつもりか、と適当に山を張って来てみたら、ビンゴだった。
自分で山を張ってあれだが、わざわざあんなところに行くのか、と呆れざるを得ない。カリサみたいな貧乏くさい服を普段着として着ているような村の生まれなら、都市部のこともまともに知らないのかもしれない。
かわいそうに。
哀れなものだ。
「まあ、あたしだって人のこと言えた立場じゃないが」
ルーインはシオリたちが遺体の掃除を行うのを観察していた。ミルサスタでリザと会ったときから思っていたが、見ず知らずの遺体を直接持ち上げて運ぶような真似をよくするものだ。健気だ、とでも言うべきなのかもしれないが、はっきり言って気味が悪い。
ここまでの流れは順調だったが、想定外のことが起きた。いかに手荒な真似をして連れていこうかと考えていたときに都市部の女が現れたことだ。
どうやら記者らしい。よりによって嫌いな人種。
わざわざ指示を仰ぐのも面倒だったため、今後の展望にどう影響を与えるのかを自分で判断することにした。別にあの男は上司でもなんでもない。やるべきことさえやれば、あとは基本的に自由なのだ。
考えた結果、しばらく放って問題ないだろうという結論に達した。だが、しばらくだ。
そしてその「しばらく」たる時が来た。
目を瞑り、耳をすませる。人も動物も少ない森は、空気だけでなく音も澄んでいる。その中に自分がひとり。舞台の上でスポットライトを浴びているようだった。暗転された観客席の中から目的の人物を探しだす。
足音が近づいてきたのを聞き取り、ルーインは腰を上げる。記者の女の靴の音だ。この道は彼女が通って来るであろう細道だった。女が都市部へ帰るのをつけ、来るルートを予測して待っていたのだ。
木の裏に隠れ、背中を預ける。近づいてくるのを待つ。彼女はルーインに気づかず通り過ぎる。
「大の大人がフェンスの穴をくぐって楽しいか?」
声をかけると、記者の女は「きゃっ」と体をビクつかせ、振り返った。手に持った大きな袋を揺らし、馴れてない荒れた地面に足を取られ、つまづきかける。
「そこまで驚いてくれると、脅かしがいがあったってものだ」
ルーインは無表情のまま近づく。
「あなたは……」
「そのカメラであたしを撮ろうとするなよ」
ルーインは手元に炎を出現させた。蒼い炎だった。火の粉が宙に舞い、木々の影を逆走させる。その火の粉を、記者の女の足元へ落とした。
命の保証はない。
警告だと捉えたようで、女は緊張した面持ちでゆっくり頷いた。
「あなたも〈あの光〉の被害者? それとも」
「お前に質問する権利はない」
火の粉を破裂させる。記者の女は一歩退き、両の手を顔の横に上げた。手荷物が手から肘に落ちる。
「それは土産か?」
女は答えない。
「まあ、そう怖がるな。今のところ危害を与えるつもりはない。これは審判だ」
それに、こういうのも一度やって見たかったんだよ。
ルーインは皮肉たっぷりにほくそ笑む。
「質問するのが仕事の記者へ、尋問するのを」
「あなた、綺麗ね」
「は?」
記者の女は少し口角を上げた。反抗的な笑みにも、純粋な微笑みにも見えた。
「スタイルもいいし、顔も綺麗。その藍色の目も素敵ね」
「黙れ」
「声も綺麗。歌声を聴いてみたいな」
「黙れと言ってるだろ」
「質問じゃないからいいでしょ」
ルーインは舌打ちをする。
「度胸があるな」
「ありがとう」
「さあ、質問だ。お前は何をしに内陸部へ来た。見たところ、記者のくせにあのガキどもの写真を撮ってないようだが」
女の顔が凍りついたのが、見てとれた。
「見張ってたの?」
「繰り返すようだが、お前に質問する権利はない」
青い炎を爆発させた。乾いた重たい音と共に熱気が吹き荒れる。火の粉があちこちの木々に当たり、炎が拡散した。
「そんなことしたら森が」
「心配するな」
次の瞬間、すべての炎が消えた。記者の女はその現象に驚いているらしく、目を泳がせている。
ルーインは手のひらに再度小さな炎を宿す。
「都会の馬鹿みたいに、森林を平地にする趣味はない。さあ、答えろ。お前は何をしにここに来ている。記事にでもするのか」
「あの子たちを記事にする気は、今のところない。内陸部に入ることができて、しかも子どもたちが生きてることはすごいスクープだけど、それを記事にするかどうかは、わたし自身、迷ってる」
「なるほど。まあ、それが当然だろう。では、お前はなぜここに来てる? 気になるなら、あのガキなんて気にせず別の町を訪れるべきだと思うが」
そうね、と女は頷く。
「ここに来てるのは、純粋にあの子たちのため。これも何かの縁。あの子たちが都市部へ行くための手助けをしたいの」
「あのガキどもにとって、向こうが残酷な世界だと知ってるのに、か」
「ええ。あの子たちは都市部に行って、探さないといけない人がいるから」
「探さないといけない人?」
「詳しいことはわたしも知らないわ」
知らない。それが本当なのかどうか、判断がつかなかった。
女を睨む。女は、じっと見つめ返す。表情を読もうとしている目だ。心の底を覗き込まれるような、癪に障る眼差し。
ルーインはため息をつき、もたれていた木から背中を離す。
「まあ、いい。それは直接ガキに問いただすとしよう」
「あの子たちを――」
記者の女は言葉を止めた。
「どうするつもりかって?」
女はゆっくり頷く。
「話す義務は感じないな。まあ、心配するな。悪いようにするつもりはな――」
そこで、ルーインは気づいた。記者の表情が別の色に変わっていたことに。
その目の色には覚えがあった。
死ぬほど嫌いな目だった。
「あなたは……」
初対面時と同じ言葉。だが、響きが違う。
ほとんど反射的にルーインは動いていた。
女の顔下半分を鷲掴みする。腕を震わせ、力を入れる。ギリギリと骨が軋む音が、女の悶える声が、腕の筋肉へ伝わり、脳を興奮させた。
「油断したな」
ルーインはつぶやく。蒼炎を黒く染め、熱風を荒々しく渦巻かせる。ルーインの髪が、記者の髪が、大きくなびいた。
「気分が変わった。逃がしてやろうとも思ったが、やめだ」
――青い目のガキに手荒な真似をしろ。
――ユリアという連れを利用してもいい。
このふたつの注文に囚われ、記者の女をどうすべきか迷っていたが。冷静に考えれば注文はひとつだけだ。
――青い目のガキに手荒な真似をしろ。
利用するのは同朋でなくてもいい。
たとえば、この女でも。




