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ゲット・アウェイ・ガールズ  作者: 中條利昭
第一部 〈あの光〉篇
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第四章 5、プレゼント

「もうすぐジャネルのお誕生日だね」


 布団の中でユリアが言った。かすかに月明かりが注ぐ、暗い窓の下の、か細い声だった。平坦に聞こえるのは、わざとだろうか。


「そうだね」


 シオリの声も抑揚が小さかった。大事な友だちの誕生日なのに、心が躍るようなことなのに、感情がどこかへと吸われてしまう。


「ジャネルって、お友だち?」

「うん」

「そっか」


 三人とも天井を向いていた。でも誰も天井の模様を見てはいない。


「ユメお姉ちゃん。ユリアたちね、ジャネルにお誕生日プレゼントを作ろうって思ってたの」


 シオリとジャネルがユリアにプレゼントしてくれたから、お返しに。


「ブレスレットなんかいいんじゃないかな、って」


 ユリアのときはシュシュだった。片方をジャネルが、もう片方をシオリが作った。ユリアのトレードマークである二つ結びにぴったりだろう、と。

 それなら、同じように二つペアにできるものがいいなあ、と。

 すぐにはいいアイデアが出なかったが、学び舎の帰りにユリアが「すごいことに気づいちゃった……! 人って、腕が二本ある」と声を震わせたことがきっかけでブレスレットに決まった。いま思うとバカバカしいが、あのときは疲れていたのか、シオリも「本当だ……! 右と左がある!」と驚愕したものだった。


「もうヘンデ村からずいぶん離れちゃったから、ジャネルに届けてあげられないけど、せめて作ってあげたいの。シオリはどう?」

「私もそう思う」


 一緒にいなくても、一緒にいるから。

 その言葉が声として発せられたか、シオリはわからなかった。

 ふふ、とユメが微笑んだ。


「素敵なことじゃない」

「ありがと、お姉ちゃん。でね、ジャネルはすっごくオシャレで、アクセサリーや宝石にも興味があったんだけど、ヘンデ村にはそういうのがあんまりなくて。あるにはあるけど、すごく高くて手が出せなかったの」

「宝石はわたしでも財布がいくつも足りないわ」


 泣くように苦笑いするユメ。


「子どもだと、プラスチックの代用品を使ったりするね」


 そうそう! とシオリは寝返りを打ってユメへ向く。同じ話を母にしたとき、母は「この村にはないけど、プラスチックの安いビーズも綺麗よ」と言い、「そういったものがないか、タムユさんに聞いてみましょうか」と張り切った。その結果、次に仕入れでホルンに行ったときに買ってくる約束をつけることができた。

 それだけだと友だちへのプレゼントとして味気ないので、布を織って花を作って組み合わせよう、という話をしていたのだ。きっとかわいいブレスレットができるだろう。

 しかし、その前にあんなことが起こり、素材を手に入れることができなかった。ミルサスタやこの村でもビーズを探したのだが、残念ながら見つからずじまいだった。


「内陸にはあんまり出回ってないのかしらね」


 ひととおり話を聞いてユメが頷く。


「じゃあさ、わたしがホルンで買ってきてあげるよ」

「本当に!?」


 シオリとユリアは布団を剥がし、跳ね起きる。その音とふたりの声が部屋の中を反響した。


「本当よ。記者はね、嘘をつかないの。ここからなら三時間も歩けばホルンに着くんじゃないかしら」

「私も行きたい」

「ユリアも!」


 すると、ほんの一瞬だがユメの表情は驚いたように凍った、ように見えた。月明かりの下だからか、顔色が青白く写る。

 そこからユメは少しのあいだ目を泳がせ、ゆっくりまばたきをして表情を曇らせた。


「そういえばあなたたちはホルンへ向かってるんだったね。探してる人がいるって」

「うん」

「でも、どうやって行くつもりなの?」

「え? えーっと、ユメさんが見つけた穴で?」

「そういうことじゃなくて……。もしかすると、知らないかしら。向こうは〈魔の穢れ(マ・ゾルミ)〉がまともに歩けるような場所じゃない、って」

「え?」


 まともに歩けるような場所じゃない?

 シオリは一音一音じっくり噛みしめる。でも、味がなかった。


「やっぱり知らないのね。〈魔の穢れ(マ・ゾルミ)〉は内陸へ集まるって聞いたことがあるわ。内陸の方が差別は軽いから、って」

「そうなの?」


 あれで?

 とてもじゃないが、実感は湧かない。


「うん。繰り返すようだけど、外はあなたたちがまともに歩けるような場所じゃない」


 ごめんね、とユメはつぶやく。なにも悪いことをしていないというのに。

 ひとりの大人として、報道の立場として、彼女はどんなものを見てきたのだろう。

 想像を巡らせる前に、ユリアが喉を締めるような悲しい声を出した。


「じゃあユリアたち、臨海部へは行けないの?」


 ユメの表情が再度曇る。

 シオリとユリアは悲観の目を合わせた。すると、「あ!」とユメが短く叫び、布団から起き上がった。


「……いや、そうとも限らないわ。いまなら、だいじょうぶかもしれない」


 ぼそぼそと咀嚼(そしゃく)するように何かを考え始めた。しばらくの思考の末、「うん」と頷き、ふたりへ目を向けた。その瞳は暗がりの中でも力強く輝いている。


「知ってるかしら。この国では、女の子がサングラスをつけているだけで〈魔の穢れ(マ・ゾルミ)〉じゃないかって怪しまれてしまう。だから、女性がサングラスをつけるのはご法度とされているの」


 シオリは頷く。一度母に「サングラスつけたら目の色隠せるんじゃない?」と訊いたことがあった。母もユメと同じように言ったのだ。「女性がサングラスをかけるだけで、目の色が違うと思われてしまうのよ。それに、この村ではみんな私の顔を知ってるから、もう遅いの」と。


「カラーコンタクトレンズに関しては生産から輸入まで完全に禁止。〈魔の穢れ(マ・ゾルミ)〉が〈神の末裔(シン・トルファ)〉に紛れるのを防ぐために。嫌な言い方をすれば、差別をするためよ。でも日差しが眩しいときがあるから、サングラスまでは禁止されていない。かといって、女性が装着することは事実上ダメなの。快晴の真夏ならともかく、ね。それに、子どもはあんまりサングラスをかけないから余計に怪しまれる」


 ―― 明日朝起きると、差別がなくなっていたらいいのにね。


 いつかの母の言葉が脳裏をよぎる。


「でもね、いまはちょっと状況が変わったの。女の子たちの間で海外の映画のグッズのサングラスが流行(はや)っててね」


 映画という単語は聞いたことがあった。大きな部屋に大勢で集まり、大きな画面で観る映像作品だ、と。タムユが「都会に行くたびに観るんだ。そして、いつも感動して泣いてしまう」と熱く語っていたのを聞いたことがある。「あのタムユさんが泣くなんて、どんな強い敵なの!」と震えるユリアに「それは違う」と首を振るタムユが印象的だった。


「国民的な人気アイドルの女の子が『これ可愛いよね』って流行らせたのよ。堂々とテレビでサングラスをかけたりして。同じものに限定してではあるんだけど、その影響でサングラスをかけている女の子はたくさんいる。あくまでグッズだから、デザインがとびきり派手なんだけど」


 そこで彼女は言葉を詰まらせた。シオリとユリアの目が点になっていて、話について来られていないことに気づいたからだ。ユメは「どこだ」と記憶をたぐり寄せてているようだった。


「もしかして、『アイドル』?」

「うん、それ」


 なんて説明したらいいかしらね、とユメは腕を組み、地雷を踏まぬように慎重に話し始めた。


「平たく言うと、テレビで活躍してる子ね。お歌を歌うのがメインだけど、歌唱力よりもルックスを ――容姿を重視してて。他にも演技だったり、おしゃべりだったり、色々なことをしているような子のこと、かな。改めて説明すると難しいなあ」


 う〜ん、と少し考え、「まあいいや」と話を戻した。


「今度そのサングラスを持ってきてあげるね。それから一緒にホルンへ行って、人探しをしましょう」

「うん!」


 シオリたちは意気込むも、再びユメの表情に陰りが見えた。少しうつむいている。いや、違う。シオリたちの服を見ているのだ。彼女たちは昼夜問わずカリサを着ていた。冬場は分厚い防寒具を着るものの、お世辞にもオシャレとは言えなかった。オシャレ好きなジャネルは「あれは服より鎧に近い」と断言し、母親と編んだかわいらしい洋服や上着を着ていた。

 ミルサスタに洋服屋があったため、シオリたちは洋服を試着して遊んだことがあった。しかし、わりに合わない格好で肌がもぞもぞしてしまい、結局動きやすさと親しみを重視したカリサを着続けている。


「その服もよくないね。都会じゃ浮いちゃう。さすがにお上りさんに見られちゃうし」

「内陸から降りてきてるのに」

「お上りさん」


 確かにね、とユメは苦笑する。

 ひょっとすると、この言葉が生まれたときから内陸の山々は蚊帳の外だったのかもしれない。


「まあ、それは置いておきましょう。ともかくカリサじゃあのサングラスとも合わない。向こうではあなたたちが内陸部から来たことは隠しておいたほうがいいでしょうし」


 シオリは頷く。臨海部の子として生きないといけないと思うと、少し緊張した。


「よし! わたしが洋服をコーディネートしてあげる」

「やったー!」


 興奮するユリア。シオリも嬉しく思っていたが、同時にミルサスタで洋服を着たときの痒い感覚も思い出していた。

 そしてなぜか、もっとも高ぶっていたのはユメだった。


「シオリちゃんとユリアちゃんの、我が妹たちのお洋服……! 想像するだけで眼福だわ……!」

「お姉ちゃん。なんか怪しいよ」

「怖い」


 こほんこほん、とユメはわざとらしく咳をした。


「だから、わたしは明日のお昼に一度戻るわ。買い物をして、その次の日の朝にまた向こうを出るね。きっとお昼過ぎにはこちらに着くと思う」

「わかった。その間にユリアと私で布の花を作るね」

「織物のお店って、どこにあるのかな」


 ユリアの指摘に頭を巡らせてみるが、一度見た記憶はあった。でも、どこだったかは思い出せない。


「どこかにはあったよ。どこかには。明日探そう」


 そう思い立ってみると、居ても立ってもいられなくなった。今すぐ布団を投げ捨てて出て行きたい。

 じゃあ、とユメが手を叩く。


「じゃあ、お昼までは今日と同じようにご遺体の処理をして、その後『ジャネルちゃんのお誕生日プレゼントを作ろう』計画で別行動にしましょう」


 うん! とふたりも元気に応える。


「時間短縮のためにユリアたちも分かれて行動しよう! シオリは北を探して、ユリアは南に」

「それは駄目よ」


 ユメが制した。


「どうして?」

「ひとりになっちゃ駄目。なにがあるか判らなんだから。ひとりじゃ、いざというときが怖いでしょ?」


 いざというとき。

 リザが連れ去られたときのことが思い出される。もしリザが自分たちと一緒にいたら、いまも一緒にいたのだろうか。


「そうだね。私もそう思う。ユリア、一緒に探そう」

「はーい」


 意見が却下されたユリアは、少しふて腐れた様子だった。頰を膨らませている。

 そんな顔しないの、とユメはユリアの頭を撫でた。すると、みるみるユリアの口角が嬉しそうに昇華されていく。


「明日のことも決まったことだし、今日はもう眠りましょう」

「うん」

「おやすみなさい」


 三人は引っ剥がした布団を整え、再び寝転がった。

 ずいぶんと月明かりが明るく感じられる。天井の模様がはっきり見える。目が慣れたからだろうか。

 胸に手を当てると、ドキドキしていた。ゆっくりと呼吸を重ね、興奮を抑えていく。

 もうすぐだ。もうすぐ臨海部に。

 決意と実感に拳を握ると、また興奮してしまっていることに気がついた。

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