第四章 4、姉妹
翌日、ユメは本当にシオリたちの手伝いをした。戦いの末に傷つき倒れた子どもを初めて見たときは、その場に吐いてしまいそうな様子だったが、彼女は強がった。
遺体を抱きかかえ、時に背負って運び出す。においに鼻を曲げそうにしながらも、ユメは頑張ってくれた。
誰が指示したわけでもないのだが、ユリアが小さな子どもの遺体を、ユメがシオリたちよりも大きな子どもを、筋力をあげる〈魔力〉を持つシオリは大人を中心に運んでいた。最初はユメが大人を運ぼうとしていたが、シオリが「私のほうが力強いと思います」と大人を軽々持ち上げたのを見てしぶしぶ引き下がった。「初めて見たわ、〈魔力〉」と驚いていたが、どことなく興奮している様子もあった。気味悪がられることのほうが多い力だというのに。記者魂だろうか。
十数の遺体を並べ、燃やす。火を強くするための枝や草はユリアが用意した。
「なかなかハードね」
ユメの顔色は悪い。しばらく休憩しよう、とシオリが提案すると「悪いわね。じゃあ、お言葉に甘えて」と芝生に寝転がった。腐敗の少ない遺体から徐々に慣らしていたシオリたちとは違い、ユメはいきなり腐敗の進んだ遺体を扱っている。心に与える衝撃は想像を絶するだろう。
彼女が寝ている間にもシオリたちは作業を続けていた。次の山を燃やしたときにユメは起き上がった。ごめんなさい、と謝るその顔色はまだ青かった。それでも彼女は自らを鼓舞し、嘔吐するまで踏ん張った。
「ダメね、わたし」
お昼頃、芝生で横になったユメは汗まみれだった。
「そんなことないですよ。最初は私だって、もどしましたから」
シオリとユリアはおにぎりを食べていた。野菜などはもう食べられるものが残ってないが、お米はそう簡単には腐らない。作業をするときは朝のうちにお米を炊き、塩を振って丸め、お昼に食べるのが日課になっていた。
ヘンデ村では稲作はほとんどされていないため、お米を食べる機会は少なかった。この村は稲作の盛んな臨海部が近いためか、お米の備蓄が多い。
「当分なにも入りそうにないわ」
自嘲するユメ。
ふたりは苦笑する。
「私も最初はそうでした」
「ユリアも」
やっぱりそうよね、とつぶやくユメは笑っているものの、引きつっている。
体のどこが痛いでもなく、心が痛いわけでもなく。漠然と体が重たくて、気持ちが悪い。そのような感覚が、シオリには久しかった。
ユメが尋ねる。
「こんなこと聞いちゃうのもあれかもしれないけど、あなたたちはどうして面識のないこの村の人たちを供養するの? こんな大変な思いまでして」
「正直に言うと、自分でもよくわかりません」
おにぎりを食べる手を止め、シオリはユメの手のひらに手を重ねた。冷たかった。
「あえて言うなら、この村でこうして家を借りて、食べものをもらっているお礼でしょうか。私たちにできるのって、これくらいだから」
偉いわね、とユメがシオリの手をぎゅっと握る。その手は柔らかいが、表面が乾いている。
「わたしも、頑張らなきゃ」
彼女は地面に張り付いた体を引き剥がすように起き上がる。
「まだ休憩してても」
「座るだけだから安心して」
ふう、と一息つき、膝を抱える。空高く登る煙を眺めた。なにかに思いを馳せる、寂しげな横顔だった。そのまま、ゆっくりと瞼を閉じる。瞼の隙間から、一筋の涙が落ちた。
「わたしさ、ひとりっ子だったから妹に憧れてたのよね」
日が暮れ始めてきた頃、家に戻ったユメはシオリたちに微笑みかけた。まだ顔色は良くないが、昼間よりは幾分良くなっている。
「妹?」
「うん。あなたたちといると、お姉ちゃんになったような気分がして、ちょっぴり嬉しいの。っていっても、あなたたちのほうがしっかりしてる、ダメダメなお姉ちゃんだけど」
ダメダメじゃないよ! とユリア。
「ユリアは、お兄ちゃんがいるの。いたの。でも、お姉ちゃんはいなくて。ちょっと憧れてて。だからね、ユリアも、ユメさんといると、ちょっぴり嬉しいの。いいや、すっごく嬉しい。お姉ちゃんができたみたいで」
ああ、とシオリは思う。
ユメの雰囲気、声、優しさ、たくましさ。すべてが好きだった。母と重なる部分もある。でも、母とは違う『好き』だった。その違いの正体が今までわからないでいたが、ユリアの言葉でわかった。
ユメは目を輝かせ、手を叩く。前のめりになり、テーブル越しに向かい合うユリアたちへ顔を近づける。その華やかな明るさに、シオリたちは惹かれていた。
「じゃあ、わたしのことは『お姉ちゃん』って呼んでね」
「うん! ユメお姉ちゃん!」
「うおお、これは……滾る!」
「タギル?」
気にしないで、とユメは破顔して顔を赤くする。嬉しそうだった。
「シオリちゃんも、私のこと気軽に『お姉ちゃん』って呼んでね。敬語なんていらないから」
「えっ、と……。私は、いいや。その……恥ずかしい」
「恥ずかしがるのもかわいい……! 滾るわ!」
言葉の意味はわからなかったが、けっして気持ちのいい言葉ではない気がした。「やめて」と顔を隠すも、余計に顔が熱くなる。ユメとユリアの笑い声を聞くと、火が出そうなほど熱くなった。




