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ゲット・アウェイ・ガールズ  作者: 中條利昭
第一部 〈あの光〉篇
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第四章 2、ユメ

 ザッシキシャ。

 耳馴染みのない言葉だった。

 その言葉を使ったユメは、シオリたちがその言葉を知らないことを想像もしていないらしく、「真相を暴くったって、そんな大層なものじゃないんだけどね」とおどけるように苦笑した。


「ほんとは行けって言われたから来ただけ。ところで、あなたたちはこの村の子? なにしてるの? 焚き火? こんなに暑いのに」


 シオリはどう答えようか、迷った。本当のことをありのまま答えるべきなのか。

 ユリアも戸惑っているようで、「ええっと……」と目を泳がせている。


「ユリアたちはこの村の子じゃないよ。今してることは……」


 目の前にいる女性は悪い人じゃない。そんな気がする。空気感が、とてもやわらかい。

 シオリの心の奥にある扉が、開かれた。


「……この村の人たちを、燃やしています」

「え?」


 この村の人たちを?

 ユメは聞き間違いかと思ったのかもしれない。焚き火へ目を向ける。そして、硬直した。火に包まれているものの正体が気づき、聞き間違いでないことを悟ったようだ。

 ユメの瞳がシオリへ向く。瞳孔が開いているように見えた。

 シオリは事の顛末(てんまつ)を話した。二つ隣のヘンデ村の育ちであること。〈あの光〉により、大人と男の子が息絶えたこと。生き残った女の子が〈魔の穢れ〉になったこと。多くの子が暴走したこと。生き残ったのは自分たち二人だけだということ。供養のために遺体を集めて埋めたこと。埋めるより燃やすほうが楽なため、この村では燃やしていること。

 過去のことを口にするたびに、涙が込み上げてきた。それを必死でこらえながら話した。

 シオリが話し終えるまでユメを口を挟まなかった。句点の度にゆっくりと頷き、抱きしめるように言葉を受け止めてくれた。

 ミルサスタでのことは、あえて触れなかった。リザのことやリザを連れ去った女性のことはどう説明すればいいのかまとまらなかったし、あれ以来ユリアの元気がないことを思うと、触れてはいけない気もしたからだ。

 ユリアはときどき口を挟んでシオリの説明を補足したが、声色は暗かった。


「そっか」


 ユメは最後まで目をそらさなかった。


「たいへんだったね」


 ユメは、右手をシオリの頭に、左手をユリアの頭に乗せ、撫でた。暖かくて、大きな手。母の面影が彼女に重なった。すると、こらえていた涙がこぼれ落ちた。

 先に声を出したのはユリアだった。(せき)を切ったように泣きじゃくった。久々に見た、ユリアらしいユリアだった。

 つられてシオリも泣いた。ジャネルの息の根を止めたあの時のように。

 喉にずっとつっかえていたものが溶けていくのを感じる。彼女たちに必要だったのは、思いのままに感情を表に出すことだったのかもしれない。


「ずっと寂しかったんだよね。悲しかったんだよね。つらかったんだよね。もう、我慢なんてしなくていいから。全部吐き出しなさい」


 お姉さんがいるから安心よ! とユメはうそぶく。少し照れている様子だった。

 シオリたちの泣き声が治まってくると、ユメはもう一度頭を撫でてくれた。そして櫛を通すようにシオリたちの髪を整える。


「って言ってもわたしにできることなんて、話を聞くことくらいしかないんだけどね。人の話を聞くのが仕事みたいなものだし」

「人の話を聞くのが仕事?」

「うん。記者だからね」

「キシャ?」


 ユリアが首をかしげると、ユメは「あっ」と固まった。


「もしかして、内陸のほうにはあまり雑誌はないのかしら。そうね、ヘンデ村といったら閉鎖的なところらしいし……なおさらそうなのかもしれないわね。新聞は知ってる?」

「うん。知ってるよ」


 村内での新聞ならばヘンデ村にもあった。月に一度、村役場が刷るのだ。


「ぺらぺらの紙一枚だったけど。臨海部だともっと分厚くて大きいって聞いたことがあります。しかも毎日新しくなるって」


 母からそのことを聞いたとき、「なにをそんなに書くことがあるの?」と聞いたものだった。母は困った顔を見せた。


「うん。都市部だと新聞の他にも本が出回るの。月に一回だったり週に一回だったり、それは様々だし、中身も政治が中心だったりファッションが中心だったり様々で。そういった本のことを『雑誌』っていうの。わたしの担当してる雑誌は政治からエンタメから、色々なことを幅広く扱ってるわ。そういった雑誌や新聞を作るために取材して記事を作るお仕事をする人のことを、『記者』っていうの。わたしは政治経済の記者。嫌々だけどね」


 半分くらい、なにを言っているのか解らなかった。

 そのことを察したのか、ユメは「ちょっと説明が難しすぎたわね」と微笑んだ。


「まあ、わたしは難しいことばっかり考える、お堅いところにいるわけ。本当はファッションの担当に行きたいんだけどね。上司がなかなか堅くて異動させてもらえないのよね」


 口を尖らせ、ため息した。それが引き金だったかのようにユメの身振り手振りが大きくなった。


「先週ね、その上司に直談判(じかだんぱん)しに言ったのよ。顔も見たくないくらい嫌いな奴のところに! わざわざ! 異動させてください! って。我慢してあいつの顔を見ながら!」


 悪意を込めた言い回しがおかしくて、シオリたちは「あはは」と笑った。それを見たユメは嬉しそうに「でねでね、」と話を続けた。


「ファッション部署に行かせてください、って。そしたらあのクソ上司なんて言ったと思う? じゃあ内陸部を調査して来い、って。政府を脅かすようないいネタを持って帰ってきたら考えてやろう、ってさ。あなたたちは知ってるかしら。内陸部は立ち入り禁止で、入ったら死ぬ、って発表されてるって」

「うん」


 連絡が取れない。調べに行った学者が死んだ。機械が壊れた。内陸部の人はみんな亡くなったと思われている。


「要するに、あの偏屈はわたしに『死ね』って言ったようなものなのよ! 信じられる!?」


 その勢いにシオリたちは仰け反る。ユメは顔を紅潮させ、照れ笑いを浮かべた。


「ごめんなさい、取り乱しちゃったわね。とにかくね、もう、腹が立って腹が立って。激情して、ここに来ちゃった、ってわけ。さすがに道中で冷静になって来たけど、『承知致しました! それはもう、さぞかし素晴らしいスクープを取って参ります!』ってガンを飛ばして来ちゃったからね〜。もう後戻りできないのよ。だからそのまま境界の森に向かって。そもそも監視がいるから入れるわけないし、そこで追い返されるだろうな、って高を(くく)ってたからね。案の定いたんだけど、試しにちょっと迂回(うかい)したら入れちゃった」


 てへっ、とわざとらしくウインクする。


「怖かったけどね。死にに行くようなものだから。でもあの上司のもとでなんか働きたくないし、もう、やけくそよ。そのまま境界の森へ入っていったの。そしたらさ、なにも起きないじゃない。わたし、死なないじゃない。森を抜け切ったときは、ドキドキしたわ。心臓がバクバクした。ほんとうに政府を脅かすようなネタを手に入れちゃった、って」


 興奮冷めやまぬ、といった様子で目を輝かせて手振りするが、すぐに手を下ろし、小さな声で続けた。


「でも、すぐ近くの村を訪ねても誰もいなくて。次にここに来たってわけ。一晩歩き続けたからね、さすがに疲れちゃった」


 そこで初めて彼女の目の下のクマに気づく。これまでずっとユメの暖かい笑顔で隠れていたらしい。

 シオリは提案する。


「じゃあ、寝ますか? 三分くらい歩いたら私たちの家があるけど」


 私たちの家ではないんだけど、と補足する。

 そうねー、と空を仰ぐユメ。


「お言葉に甘えたいところだけど、ここの芝生って綺麗よね。ここで眠ってみたいわ。都会みたいに蒸し暑くないし、秋めいてきて涼しいし。ちょっと憧れるのよね。もしよかったらあなたたちもどう? 疲れてるでしょ?」

「いいねー!」


 ユリアが興奮する。久々に見た、ぱあっと明るい笑顔だった。

 シオリも口元をほころばせる。ヘンデ村の地面は砂だし、村の外の森に行っても固い土か長い草で地面が覆われているため、外で寝転がったことはなかった。小さい頃に駄々をこねて以来だろうか。

 芝生が、ふっくらした敷き布団に見えてきた。そう見えてしまうと、秋めいてきた風や日差しが掛け布団に感じられてしまう。

 三人は川の字を描いて寝転がった。

 首に当たる芝生はこしょぐったかったけど、慣れてしまうとなんてことはない。草の香りが眠気を誘う。

 安心できる時間。包まれる時間。

 いつ以来だろう。

 考えようとする前に、まぶたが閉じられた。

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