第四章 1、訪問者
陽が落ちるのが少しずつ早くなってきた。ときおり吹く風からは秋の予感が感じられる。
自分たちやリザ以外に生き残った人がいるのなら、彼女たちはどうしているだろう。
シオリはどこか遠くに思いを馳せる。
自分たちのように遺体を集めて燃やしたりしているのだろうか。どこかの集落にいる限り、この問題はついて回るはずだ。思えば、この行為は供養として始めたことだったが、今となっては使命感に近い。
そもそも、シオリの〈魔力〉が肉体を強化するものだからこそ、遺体を背負って集めることができるのだ。他の能力の子だったら、どうしているだろう。別の方法でこの問題と立ち向かっているのだろうか。
「ホルンってどんなところなんだろう」
シオリとは対照的に、ユリアは臨海部へ行く自分のことを考えているようだった。
「わからない。お母さんは昔、臨海部に住んでたらしいんだけど、きっともう跡形もなく変わってると思う、って言ってた。都会は移り変わりが早い、って」
「だよね」
ここのところ、ユリアは元気がなかった。〈あの光〉以降つらいことが多くて、それまでのような明るい振る舞いを見せることも減ったが、リザが連れ去られて町に二人残されたときから、ずっと声が暗い。
どうしてだろう、と考えているが、わからずじまいだ。リザと別れたことがつらいのかな、とも考えたが、どこか違う気がする。本人に聞くことは、怖くてできない。どうして怖いのかは、わからない。
わからないことが多すぎて、不安なのだろうか。それはシオリも一緒だった。元からあまり明るい性格ではないため変化の幅が小さいが、そうでないユリアは振り幅が大きいのかもしれない。
依然としてシオリたちは、自分たちが死んでいると思われていること以外はなにもあきらかにできていなかった。〈あの光〉の正体。ハイドの行方。リザと、リザを消した女性の正体。
暗がりの中、遠目で見た得体の知れない球体。あそこにリザが吸い込まれたように見えた。リザに「ついてきてほしい」と言っていた。リザは連れ去られたのだ。
きっとあの女性は〈あの光〉について、なにかを知っている。
「その人に会わなきゃ。ここでずっと待ってればいいのかな」
「あの人の目的がリザや私たち、つまり〈あの光〉で生き残った子たちを集めることだったら、きっともうミルサスタにはやって来ないと思う。あちこちを回ってるんじゃないかな」
だから、私たちも動かないと。
こうしてシオリとユリアはミルサスタを出て東へ向かった。次の村までの距離はヘンデ村とミルサスタの間の半分ほどだった。道は自動車が走れるように整備されていて歩きやすそうだ。
消費する体力も先より少なそうだったし、行き先の村に食料が残っている保証もない。缶詰を充分にカバンに詰めて旅に出た。
予定通り二日もかからずに到着した。予想通り、死の匂いは充満していた。
この村は小さかった。ヘンデ村よりもひと回り小さいだろう。だが、ラジオやテレビはあちらこちらで見られた。臨海部に近いからか、ヘンデ村よりもずっと文明は進んでいるらしい。
ミルサスタのように損傷の激しい遺体は少なかった。処理こそされていないが、状況はヘンデ村によく似ていた。
シオリたちは遺体を集めて燃やす作業を始めた。草の少なかったヘンデ村やミルサスタとは違って芝生が多かった上、秋が近づいて空気が乾燥し始めたため、火力は出しやすかった。
この村に来て三日ほど経っていた。村は小さいが人口は少なくないらしく、終わる目処がなかなか立たない。
「ここはひとつの家にいっぱい人が住んでるよね」
その発見をしたのはユリアだった。お昼頃、ひとつめの山を燃やし、その煙が空に上がっているのを芝生に座って眺めていたときだった。
「ユリアたちの同級生って一人っ子が多いでしょ。兄弟がいても歳が離れてることが多いし」
ユリアには兄がいたが、その年の差は九つだった。
「でも、ここは子どもが三人も四人もいる家が多いよね」
言われてみると、そうだった。ヘンデ村と違い、家の中で傷ついて倒れている女の子も珍しくなかった。あれは、姉妹で争った跡なのだろうか。
シオリは膝に顔を埋めた。
「たった二つ。たった二つだけ隣の村だけど、文化はきっと大きく違うんだろうね」
衣装もカラフルで可愛らしいものや、引き締まってかっこいいデザインのものも多かった。
服飾。
ふと、ジャネルのことが思い出される。
「そういえば、もうすぐジャネルの誕生日だね」
ジャネルは服飾への興味が強く、おしゃれが好きだった。
「そうだね。せっかくジャネルへのプレゼント考えてたのに、もうあげられないや」
ユリアがため息をついたときだった。
「あっ!」
遠くから女性の声が聞こえた。反射で顔を向けると、遠くに人の影が見えた。シオリは考えるより先に身構える。
その人影が駆け寄ってくる。
「やったー! ……え? うん?」
お互いの顔が見えるくらいの距離で、女性は立ち止まった。手を顎に当て、首を傾げている。なにかを考えているらしい。
背が高く、線の細い女性だった。茶色の丸いショートカットを、丸い帽子で包んでいる。右手には薄くて縦に長い本を持っていた。地図だろうか。
小ぶりなショルダーバッグを右肩から左腰へ襷掛けし、首からは何か黒いものをかけている。走ったせいで、その何かがおなかのあたりで揺れていた。なにかの機械だろうか。
顔が小さく、背の割には童顔にも見えるが、見るからに『子ども』と呼べる年齢ではなさそうだった。二十代前半くらいに見える。
そして、その瞳は黒い。
「えーっと、きみたち、人、だよね?」
「え」
返答に迷い、シオリたちは目を合わせる。身構えていた体の緊張が、いつのまにか消えていた。
「あ、ごめんなさい! いきなりそんなこと言われても困るよね。やっと人に会えて舞い上がっちゃって。前に行った集落は人っ子ひとりいなかったし」
ちょっとお話いいかしら。と、彼女は自然な笑顔でシオリたちの元へ歩み寄る。軽やかな足音が鳴るたび、暖かい雫が一粒ずつ落ちて波紋を作っていくようだった。
ついに彼女はシオリたちの足元へたどり着き、しゃがみこんだ。やわらかい香りがする。
女性はユリアとシオリの瞳を覗く。
「綺麗な瞳ね」
「え」
シオリたちが呆気にとられると、女性は微笑んだ。満月のような優しい笑みだった。
「ごめんなさい、自己紹介がまだだったね」
彼女は帽子を脱いだ。顔から影が消え、瞳が照らされて輝く。丸く包むような瞳だったが、その輝きは野心的だった。
「わたしはユメ。〈あの光〉の真相を暴くためにやって来た雑誌記者よ」




