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ゲット・アウェイ・ガールズ  作者: 中條利昭
第一部 〈あの光〉篇
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第三章 5、資源回収

  〈あの光〉のことは未だによくわかっていない。毎日ようにニュースで話題に上がるが、新たに情報が出ることは減り、徐々に尺も削減されていた。危険であるため入ることもできないのでは仕方がないだろう。でも、それならば、どうして自分たちは中で生きられているのだろう。

 思いふけているうちにシオリがたどり着いたのは、先ほど燃やした遺体たちの元だった。ユリアが向かった方面とは逆方向だった。

 リザはいた。骨と灰に帰した遺体たちを間近で眺めている。

 家屋五つぶんの距離でリザを発見したシオリは、そこから声をかけようとする。この距離なら大声を出さなくても聞こえるだろう。

 だが、その前に「おい」と声が聞こえた。リザが右を向く。背後にいるシオリは、反射的に家の影に隠れた。


「ここの生き残りは、お前だけか?」

「そだよ」


 その声は女性としては低く、たくましさがあった。声量も大きく、少し離れたシオリにも一音一音がはっきりと聞き取れた。声の高さはタムユに近いかもしれない。だが、タムユのような活発な色は、まるでなかった。

 そっと顔を出す。

 綺麗な女性だった。長い黒髪は一本たりとも曲がってはおらず、全てがまっすぐ地面へ向いている。触ったらどんな感触なのだろう。やわらかいのだろうか、それとも、冷たいのだろうか。瞳を見ようとしたが、シオリの角度からでは女性の前髪で死角になっていた。

 すらりと細くて背が高く、足先から頭の先までの線は、無駄の歪みのない美しい曲線だった。大人びているが、口元からは成人を迎えていないあどけなさも、かすかに感じられた。だが、身にまとうオーラは、とても未成年のものとは思えない冷淡さがあった。衣装のせいだろうか。

 暗い紫を基調としたその衣装は、シオリたちのカリサとも、リザのような普段着とも、まるで雰囲気が違う。ハイドのものに近いかもしれない。夜闇に溶けるような暗くて線の細い衣装は、まるで舞台衣装のようだった。


「これを、」


 女性は首で遺体たちを指す。その軽率な素振りに、シオリの心が縮こまる。


「これをやったのは、お前か?」

「そだよ」


 あなたじゃなくてユリアと私でしょ。と苦笑したくなったが、女性のまとう雰囲気には、影にいるシオリにすらも笑顔ひとつ許さぬ緊張感があった。


「この町ひとつを掃除したのか?」

「わかんない」


 女性の放つ張り詰めた空気感と、それを左へ受け流すリザの楽観さ。その二つが混ざり、生み出されたのは、より一層の静けさだった。シオリは指一本動かせないでいた。息を殺し、冷や汗をかくことしかできない。

 ここで出ていってはいけない。

 あの人に見つかってはいけない。

 そんな気がしてならないのだ。


「聞いてたよりも幼いな。なるほど、道理であいつが欲しがるわけだ」

「あいつってだあれ? お姉ちゃんもだあれ?」

「あたしは資源回収に来た」


 資源回収。

 その言葉の無機質な響きがまた、シオリの胸を締めつける。


「ついてきてもらいたい。素性はその後に話してやろう」

「いいよ! うるさいところじゃなかったら」

「物分かりが早くて助かる。静かなところだから安心しな」


 そこで初めて彼女は微笑んだ。その整った横顔は、美しかった。かすかにほおを緩め、口角を上げただけだというのに、空気がひっくり返るように緩和した。

 彼女は懐からなにかを取り出した。手のひらほどの大きさの白い球体だった。


「なにそれ」

「最初は怖いかもしれないが、我慢してくれ。慣れてしまえばどうってもことないらしい」


 宝石の箱を開けるように女性がその球体を開くと、光があふれ出た。玉を覆うほどの大きさの、キラキラとした輝きだった。

 すると、その光がリザへ向かって伸びた。そのままリザの体を包み込む。そして、光は玉の中へ吸い込まれる。リザの姿はなくなっていた。

 ほんの一瞬の出来事だった。


「戻るか」


 シオリが呆気に取られている間に、その女性はどこかへと消えていた。

 夜の静けさに、シオリと燃え尽きた遺体たちだけが残された。




     ×     ×     ×




 夜明け前だった。遠くの空が少し赤くなってきており、ドーム上の建物の頂上が薄っすらと照らされる。その建物へ、女は近づく。金属製の扉の前に立つと、扉がひとりでに開いた。女は何も言わずに入っていく。

 まっすぐ伸びる廊下は薄暗い印象だが、けっして影は薄くない。照明は十分にある。暗く感じるのは、壁が薄く紫がかっているからだろうか。

 頭上を這う配管はところどころ黒くくすんでいた。あの中には何が通っているのだろう。現在は何も通っていないのかもしれないが、過去には得体の知れないものが流れたことがあるのかもしれない。女が初めてここに来たとき、その何かが漏れ出て自分の体を濡らすような想像をしてしまい、身震いがしたものだったが、慣れた今ではなんとも思わなくなっていた。

 紫がかった壁や床は不気味だが、ほこりが溜まったような汚れはなく、清潔感がある。彼女が外から帰還した際に靴裏の砂が落ちる以外は汚れる隙間もない。

 廊下や階段をしばらく歩いた末、女はひとつの扉の前で立ち止まる。円を描くこの廊下に存在する扉は、見た目上の違いはほとんどない。その間隔もほとんど変わらない。そのため、一本道ではあるが迷路じみてもいた。


「連れてきたぞ」


 気だるさを表現した、溜息まじりの声だった。目の前の厚い金属の扉を通るとは思えない小さな声。だが、扉は開いた。


「ご苦労」


 部屋の中にいたのは、細身長身の男だった。マグカップを手に持ち、女の前に立つ。


「たったいま、コーヒーが湧いたところだ。いるか?」

「いや、いい。もう寝たいんだ」

「そうか」


 色のない返事だった。手に持ったカップを口につけ、男は女に背中を向ける。


「とりあえず、その子を出してくれ。もっとも、目的はその子ではないのだが」

「は? ミルサスタのガキを連れてこいって話だっただろうが」

「君もまだガキと呼べる年齢だろう」

「うるさい。もうほとんど大人だ」

「そうだな。〈あの光〉で生き残られるギリギリの年齢だ」


 女は舌打ちする。しばらくこの男と行動してきたが、いまだにまるで掴めない。年齢もわからない。皮膚は若く見えるが、二十代だと言われても納得できるし、四十代だと言われても「信じられない」というほどではない。


「で、目的はその子じゃない、ってどういうことだ。なんだ、あそこにはまだ別のガキがいたのか? 聞いてないぞ。ミルサスタの生き残りは自分だけだ、みたいなこと言ってたし」

「説明不足だったな。目的の子はミルサスタを訪問していただけの、よそ者だ」


 ため息を抑えることができなかった。


「つまり、この長い長い移動時間は無駄骨だったってわけか。けっこう疲れたんだぞ」

「すまない。だが、おそらく無駄骨ではないだろう。一度その子を〈玉〉から出してくれ」

「はいはい」


 腰に取り付けたポーチから女はひとつの球を取り出す。手のひらほどの白い球体だ。

 球についている小さなボタンを押す。球が開いて光が放たれた。その光は彼女の足元へ落ち、人の形になる。そして霧散するようにして光が消える。そこに現れたのはミルサスタの少女、リザだった。


「わあ! ここどこ? すごーい! ぎゅっ、ってなって、ぱーっ! ってなって! なになに? なにしたのお姉ちゃん!」


 リザの攻め立てるような調子に、女は頰をほころばせる。


「わんぱくな子だな」


 ほう、と男は顎に手を当てる。ヒゲのない、やや尖った顎だった。


「少し嬉しそうだな。君のそのような顔は初めて見たかもしれない」

「こういう純粋な子は、嫌いじゃない」

「お兄ちゃんだあれ?」


 リザの丸っこい上目遣いが、男の瞳を(のぞ)く。リザに甘い女とは違い、男の黒い瞳は少しも揺らがなかった。


「すまないが、自己紹介は後にしよう。ルーイン、もう一度この子を〈玉〉に入れてくれ」

「はいよ」

「もう一回入れるの? やったぁ!」

「こんな気色悪いものを嬉しがるやつは初めて見たよ」

「楽しいじゃん!」

「そうか。じゃあ、また後でな」

「じゃあね!」


 ルーインと呼ばれた女は、球体のボタンを押す。リザがその球へと吸い込まれ、消えた。

 空間が途端に空虚になった。ずっと空虚ではあるが、リザがいた瞬間だけは何かに満たされていて、それが途端に消えたことに気づかされたようでもあった。

 ルーインは声を低める。


「で、次はどうすればいい? あたしが間違えた『目的の子』とやらを連れてくればいいのか?」

「いや、これもひとつの運命だろう。気が変わった。また今まで通り、あちこちの集落を回りながら資源回収を願いたい。シオリという青い目の子に出会っても、すぐには手を出さないようにしてくれ」

「ほう」


 発見してもしばらく様子を見てろってことか、とルーインは腕を組む。

 そうだ、と男は首肯する。


「しばらく様子を見てから回収に臨んでほしい。タイミングは任せるが、少し手荒な真似をしてほしい」

「手荒な真似を『してもいい』ではなく、『してほしい』なんだな」

「ああ。おそらくユリアという子も一緒にいるだろう」


 ルーインは眉をひそめた。少し考えた後、口元を緩めた。


「利用しろ、と」

「そうだ」


 男はそれ以上なにも話さず、コーヒーをちびちびと飲み続けた。何かを考えているらしい。

 もう用はない、ってか。と、ルーインはあくびをする。


「面倒だが、まあいい。今日は疲れたから休ませてもらう」

「ああ。おやすみ」


 男とルーインの間に位置していた扉がひとりでに閉まる。

 口内に広がる苦味をしばし味わい、男はつぶやく。


「あの目の色は」


 扉を閉めると、部屋は随分と暗い。照明が半分しか付いていないのだ。


「想定外の収穫かもしれない」

ユリアのテーマ曲「Yuria」をプレイリストに追加しました。

下記リンクからぜひお聞きください。

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