第三章 4、掃除
十七日が経った。
「これでだいたい終わったかな」
シオリは額の汗を腕で拭う。拳に付着した血液が額や髪に付着しないように気をつけながら。
「そうだね」
ユリアは辺りの家屋から持ってきた紙や近くの森で拾ってきた木の枝をひとつずつ、できるかぎり丁寧に置いていく。シオリが運んできた遺体の上に。
ふたりは目を瞑り、黙祷する。
顔を上げると、数十の遺体が並べられていた。みな、この周辺で亡くなっていた住民だ。大人や男の子が多く、腐敗が進んでいることを除けば綺麗だった。ひとつだけ女の子のものもある。彼女には薄い布団がかけられている。とても見られた姿ではなかったからだ。
「じゃあ、燃やそうか」
「うん」
ユリアはマッチの火をつけ、遺体たちの中央へと投げ入れた。念のため、もう一本点火する。
少しずつ火が広がっていく。広がれば広がるほど、呼吸が苦しくなっていく。
初めてこの町にやってきてテレビニュースを見た後、彼女たちは遺体の処理に勤めた。このミルサスタはヘンデ村とは規模も人口もまるで違う。穴を掘って埋めるのはあまりにも途方もない作業量だった。そのため燃やすことにしたのだ。最初に燃やしたのはリザの親だった。テレビのあった部屋の隣、すなわち玄関すぐそばの部屋に彼らは眠っていた。普段ならリザもそこで眠っていたらしいが、〈あの光〉以降は主に二階で暮らしていたそうだ。窓ガラスが割れ、壁にいくつも大小さまざまな生々しい穴が空いていた。暴走した女の子たちの被害を受けたのだろう。
その後は近くの家屋からひとつずつ遺体を運ぶことにしたのだが、ヘンデ村のときとはいくつか要領が違っていた。
まず、腐敗が一層進んでいること。においが強かった。持ち上げようと近づくと鼻がおかしくなりそうだった。なかなか慣れなかったし、ほとんどの作業を終えた現在でもつらいが、なんとか耐えることはできた。
次に、鍵がかかっている家があることだ。ヘンデ村には役所やお店以外はほとんど鍵がかかっていない。都会であればあるほど鍵をかける風習があるとは聞いたことがあったが、実際に一般家屋の扉を開けられなかった経験は初めてだった。「臨海部に行けば鍵がかかってない家はない」と聞いたこともある。ミルサスタは内陸部では都会の方だが、臨海部と比べれば十分に田舎であるため、鍵のかかった家は『ときどき』であった。
そのような家でも、窓が空いていることは多かった。夏だからだろうか。泥棒みたいで心苦しくはあったが、入ることは叶った。どうしても入れない場所は、諦めた。
なにより、多くの女の子たちの遺体の損傷は激しかった。それも、同じような損傷が目立っていた。門で倒れていた子のように、まるで獣に顎を噛みちぎられたような遺体が多かったのだ。
「同じ人が多くの人を殺したってこと?」
そこでリザの存在がよぎらないわけはない。おそるおそる「リザは〈あの光〉でみんなが暴れてたとき、どうしてた?」と聞いてみると、
「ずっと家にいたよ。うるさかったから」
らしい。
大量の人を殺した子は、どこかで息絶えたのだろうか。それとも、この村から出てどこかに行ったのだろうか。どちらにせよ、正気な人間のやることとは思えない。きっと暴走して意識を失った子なのだろう。どこかで力尽きているのだろうか。
(そうだといいな)
勢いを増していく火を眺めがら、そう願う。
遺体の火はシオリたちの背丈を超えていた。自然に燃えそうなものは周囲にないので、そのうち消えるだろう。
「リザのところに帰ろうか」
「あの元気娘は家にいるかな」
「さあ。いないんじゃない?」
シオリたちがミルサスタを訪れるまでリザは「くさいから」とほとんど家に出なかったらしいが、彼女たちが遺体を処理し始め、においが薄れてくると家から出るようになった。昨日なんて夜になっても帰って来ず、心配して探しに行ったものだった。
そして、この夜も結局、リザは帰って来なかった。
「期待通りというか、なんというか」
リザの家でシチューを作ったユリアたちは、落胆と笑顔が綯い交ぜになったため息をこぼす。
「今日も探しに行こうか」
「シチュー冷めるけど」
作ったと言っても、保存食を温めただけだったが。
「早く見つけよう」
シオリはあっちをお願い! と北を指し、ユリアは南へ向かった。リザの家はこの町の中央やや西にあった。ヘンデ村はこの町の西にある。昨日、家にあった地図を見てそのことを知った。向かうべき臨海部のホルンへは、このまま東に直進していけばいい。その間には小さな村がひとつあるのみだった。ヘンデ村より大きいかな、小さいかな、と話しながらリザの帰宅を待ったものだった。
〈あの光〉以降、夜でも空が明るくなったような気がする。目に見える星の数が増えた気がする。内陸部全体の電気が消えているからだろうか。
まだ据えたにおいは残っているが、ずいぶん弱くはなっていた。もしかしたら、麻痺しているだけなのかもしれないが。
昼につけた火たちは消えたかな、と空を見渡すと、煙はもう上がっていない。火は消えたようだ。
(明日、灰を埋めに行こう)
これまでもずっと、昼に遺体を燃やして翌朝に灰や骨を埋めていた。料理用のトングで人の骨を掴むのは一週間以上作業を続けた今でもまだ怖い。火の温度が低いため、肉片が残っていることも少なくなかった。
そんなことを考えていたせいか、この日に遺体を燃やした場所へ足が向かっていた。リザの家の近くから作業を始めたわけだが、そこは町の端近くで、家からは遠かった。どのくらいの時間がかかるのかは判らないが、ヘンデ村を端から端まで歩いてもお釣りが出るくらいだろう。
「見つかるかな」
ユリアは耳をそば立てながら歩いた。
昨日は「リザー!」と声をあげながらいたところ、すぐに見つけることができた。見つけたというよりは、リザから寄ってきたのだ。そのときの彼女は苦しそうに耳を塞いでいた。
「あんまり大っきな声出さないで。うるさい」
耳がいいとは言っていたが、ここまでとは。
日常会話などはまだいいらしいが、叫び声などは遠くにいても苦しいらしい。もしシオリの指笛を鳴らそうものなら、間違いなく怒られるだろう。あれは耳がよくなくても、うるさい。
そのため、この日は声を上げずに探さなければならない。
「夜までには帰ってくるよう言ったのに」
不幸中の幸い、人がいない夜の町は音がよく響く。なんだかんだ足音を頼りに見つけられるだろう。もしくは、リザのほうから見つけてくれるだろう。
すると、左手側から歩く音が聞こえた。音はあまり遠くない。
楽勝だったね、と拳を握ってそちらに向かう。途中で「逆に驚かせてやろうか」と思い立ち、忍び足で進み始めた。
向こうは気づいていないのか、ゆっくりと遠ざかるように歩いている。音はずいぶん近い。
(この家の角を曲がったところにいるな)
ユリアちゃんの勝利!
確信を持ち、家の角を飛び出した。
リザが驚いたように振り返る、と思ったら、そこにいたのはイノシシだった。リザよりもひと回り小さい。
「あ、失礼しました……」
人じゃない、という罠があったか。
ひとりでユリアは赤面する。
それから気づく。
(そういえば、村を出てから初めて動物を見たかも)
鳴き声なら何度か聞いた。でも姿は確認していない。
あの長い山道なら出会ったしても不思議ではなかっただろうに。
「〈あの光〉って、動物には効果あったのかな」
目の色が変わったり、〈魔力〉が使えるようになったり、暴れたり。
もう一度イノシシを見に行こうかとも思ったが、もしものことを思うと、怖くてできなかった。忍び足で急いで去っていく。




