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ゲット・アウェイ・ガールズ  作者: 中條利昭
第一部 〈あの光〉篇
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第三章 3、生き残り

 門で倒れている少女は、とてもではないが直視できる状態ではなかった。


「なに……」


 ヘンデ村にこれほどひどい状態の遺体はなかった。傷まみれだったり骨が折れたような死体は少なくなかったが、体に穴が空き、血が噴き出して地面に固まっているようなものはなかった。道が石造りであるため、砂に染みこんで消えることもなかった。


「嫌な感じがする」


 町の中もひどいありさまなんじゃないか。

 そんな予感に怯えながら彼女たちは踏み出した。

 残念ながら予想通りだった。

 まるで石ころのように、あちらこちらに女の子が倒れている。歩けば歩くほどにその数が増えていく。その多くは血だまりに浮かんでいた。

 そして、鼻を刺す腐乱臭。ヘンデ村と比べ、時間の経過も多い上に人口も数倍だ。鼻を押さえ、目を背けながら歩く。背けた先にも遺体があったときは目を閉じてしゃがみこみたくなった。

 ミルサスタは内陸部の集落の中ではかなり都会だ。主要な道は石で舗装され、家々も向きを揃えて整っている。建物は石造りのものが多い。あちらこちらに傷は見受けられるが、人が住めなくなるほど倒壊した家は少なかった。木造の柱に砂壁が中心のヘンデ村の建物とは強度がまるで違うらしい。

 自動車やバイクのある家もいくつかあった。当然ながらシオリたちの故郷には一台もない。


(この町には、生きてる人は誰もいないのかな)


 ヘンデ村と同じように多くの女の子が暴れて全員が死んでしまったのか、あるいは、シオリたちのようにどこかへ行ったのか。

 そう思ったときだった。


「あれっ、だれかいる!」


 幼い声だった。

 シオリたちは振り返り、見上げる。二階建ての建物の窓から、女の子が体を乗り出していた。


「おねえちゃんたち、どこから来たの?」


 シオリたちよりも小さな子だった。歳は七か八くらいだろうか。おかっぱ頭の溌剌(はつらつ)とした子だ。

 よかった、とふたりは胸をなでおろす。


「おねえちゃんたち、ここの人じゃないよね」

「うん」

「上がって上がって! そこじゃ暑いし、くさいでしょ」


 少女は顔を引っ込めた。


「上がって、ってこの家にってことだよね」

「たぶんそうだと思う」


 あまり大きくはないがヘンデ村のどの家よりも立派な家だった。そもそもヘンデ村には二階建ての家が少ない。敷地面積はシオリの家の方が広そうだったが、床面積はこちらの方がずっと大きいだろう。

 玄関の扉も、きちっと仕立てられた木製のものだった。ドアノブは金属製になっている。ヘンデ村の、へんぴで木目のはっきりした薄い木ではない。少しだけ気持ちが高揚し、緊張する。


「お、おじゃまします」


 ドアノブが冷たい。回した際にかちゃりと金属が鳴るのが新鮮だった。

 ヘンデ村の家の多くは玄関と居間が一体となっていることが多いが、この家は玄関すぐに廊下と階段があった。廊下の沿と奥に扉があった。

 階段から少女が、どたどたと駆け降りてきた。

 白地のシャツにピンクのスカートを縫い合わせたようなワンピースの裾が、走り降りる勢いで舞い上がる。シオリが一着だけ持っていたワンピースと比べるとずいぶん単調に見えるが、シオリたちがいま着ているカリサよりはずっと立派に見えた。

 階段下にいたシオリたちにはスカートの中が丸見えになってしまったが、少女は気にする様子もなくシオリの前へ着地し、両の手を大きく広げた。真紅の瞳をキラキラと輝かせ、芝居じみた大きな声で、あいさつの言葉を読み上げた。


「こんにちは! そして、ようこそ! ここはたくさんの子どもが死んじゃった町、ミルサスタだよ!」


 シオリたちは、そのあまりに明るくて純粋な笑顔に、絶句した。言葉の意味と声色がちぐはぐで、違和感に(おのの)いてしまう。

 少女はそんなシオリたちなど目にくれる様子もなく(まく)し立てた。


「ひさしぶりに誰かと会えたー! よかったー! おねえちゃんたち、名前は? そんなことより遊ぼ遊ぼー!」

「え、ちょっと」


 シオリとユリアは同時に腕を引っ張られる。少女のペースについていけず、こけそうになった。


「せ、せめて靴は脱がせて」

「いいよー。なにして遊ぼっかなーっ、うーん」

「遊ぶのはいいんだけど、その前にひとつ質問いいかな」

「いいよー」

「この家にテレビはある?」


 ヘンデ村には一台もテレビがない。村が閉鎖的で外部の情報をあまり必要としなかったため、役所にラジオがひとつあるだけで充分だったのだ。

 だが、ミルサスタは比較的開放的で都会な町だ。テレビの普及率は高い。

 シオリたちが求めているのは情報だった。一体ヘンデ村やミルサスタになにが起こったのか。それ以外の場所はどうなっているのか。


「テレビ? あるよ! もちろんあるよ! ない家なんてあるの?」


 シオリとユリアは顔を合わせ、苦笑した。頭一つ分近く背の低い少女よりも、自分たちの知識のほうが幼いらしい。


「ねえねえ、あなた、名前は?」

「リザ! 八歳だよ! いい名前でしょ」


 誇らしげに胸を張る姿が、もっと幼い頃のユリアと重なった。当の本人もそう思ったらしく、「鏡を見てるみたい」と苦笑した。

 シオリとユリアはそれぞれ自己紹介する。名前、そして隣のヘンデ村から来たこと。


「あー、だからそんな服を着てるんだー! ママが寝るときによく着てる」


 ママという言葉と、「寝るときに着る」という言葉に、村外用のカリサを作っていた母の面影がを重なる。ひょっとすると、そのカリサを作ったのは母なのかもしれない。


「ヘンデ村の人はね、これを普段からよく着るの」

「あんまりセンスはないけど、涼しそうだから好き!」


 褒められてるのか、けなされてるのか。ふたりは顔を合わせて苦笑する。






 リザがテレビの下側のスイッチを押すと、テレビに映像が浮かび上がり、少し遅れて音声が聞こえた。

 テレビを見るのは数年前に遠足でここに来て以来だった。箱の中でものが動いているのは、やはり不思議だ。


「なんチャン見たいー?」


 なんチャン、という言葉がよくわからず、はにかむ。


「ニュースが見たいかな」

「えー、面白くないよー?」


 部屋はこざっぱりとしていた。テレビ以外に電化製品は見当たらない。無地の絨毯とテーブル、ソファがあるだけだった。ソファの存在もヘンデ村では珍しい。ミルサスタでは一般的なのだろうか。「そこに座っててー」と言われたので、シオリとユリアはソファに座っている。都会のソファは柔らかくてふかふかしている、と聞いたことがあったが、このソファはあまり柔らかくなかった。


「ま、いいや。おねえちゃんたち、あの光のことが知りたいんでしょ。リザもあんまり知らないけど、たぶんどっかで放送してるよ」


 リザがボタンを押すたび、画面が切り替わる。どこかの山の景色、誰かが笑っている姿、顔をしかめて演説する姿。子どもの胴体ほどの小さい画面なのに、その中には無限に世界が広がっているようで、感動的とも気味が悪いとも言えるむず痒さを感じてしまう。


「あ、これニュースだね。あの光のことやるみたいだよ。いいタイミングだね! さすがは救世主リザ!」


 嬉しそうにスキップするリザ。シオリの隣に座り、床に届かない足を揺らす。

 不思議な子だなあ、と改めて思う。


『――では最後に、内陸部の現状、そして謎の光について、現在判明していることをまとめます』


 この話題はもう終わってしまうらしい。だが、難しい話を繰り返されても解らない彼女たちにとっては、要点だけをまとめてもらえるのは、ありがたかった。

 テレビの音がずいぶんと小さく、聞き取るのがやっとだった。ユリアが座り方を浅くしたため、シオリも同じようにする。リザは足を揺らすのに飽きたのか、背もたれに体を預けていた。


『八月六日の午前八時、内陸部が突如として謎の白い光に包まれました。こちらがそれを外から捉えた映像です』


 その言葉も『なんとか聞き取れた』といった具合だった。


「リザちゃん、ちょっと音量上げてくれるかな」


 先に参ったのはユリアだった。申し訳なさそうに手を合わせている。


「あー、ごめんね。リザ、耳いいから小さくしちゃうんだよねー」


 リザがテレビの前まで跳ね、スイッチを押す。押すたびに少しずつ音量が上がっていった。


「このくらいでいいかなー」

「うん、ありがとう」


 リザがテレビの前から離れると、画面には中心を白く塗りつぶしたような景色が映っていた。下側は緑、上側は画面の淵ギリギリだけが青くなっていた。緑が森、青が空だと気づくのに、少し時間がかかった。中心に白い光が広がる映像は、それほど異様だったのだ。

 内陸部は〈境界の森〉と呼ばれる森で囲まれている。どこからが内陸でどこからが臨海なのかという明確な線はないが、「境界の森に一歩踏み入れれば内陸部」または「境界の森を進み、振り返ったときにほとんど森しか見えないところからが内陸部」とされることが多かった。


『内陸部は森に囲まれているため、光の境は曖昧なのですが、空と同じように徐々に光が弱くなって、森を出る前になくなったのだと思われます』


 リザはシオリの隣へは戻らず、ソファの後ろに立っていた。


『内陸のテレビ局については現在も連絡を取ることが叶っておらず、携帯電話などの応答も確認されておりません。また、調査のために学者が無線マイクを備えて入っていったところ、森をしばらく進むなりマイクがその学者の奇声を捉え、音が途絶えてしまい、消息も途絶えたとのことです。自動操縦の検査機械を投入したものの故障してしまった、とも発表されております』


 シオリとユリアは違和感の顔を見合わせる。


『強力な放射能が発生しているのでは、などの説が上げられていますが、調査が不可能のため、謎の光の正体は依然として不明です』


 ほーしゃのー、ってなにー? とリザが首を傾げるが、シオリたちは答えられない。テレビも彼女の質問に答えることなく、続けた。


『内陸部の方々は残念ながらもう亡くなっているのではないか、と思われております』


 内陸部の方々、って誰だろう。

 ユリアたち? と彼女の口が動く。


『現在、内陸部は立ち入り禁止となり、人が入らぬよう多くの警察官や警備員が厳重に見張っています。危険なので近づかないようにしてください』


 そうしてこのニュースは締められ、政治の話に変わった。この国の総理大臣が映ったようだが、シオリたちには馴染みがない。「この人嫌いなんだよね」とリザがテレビを消した。


「好きな人も多いけど、ママが嫌ってたから」


 この子の母親はどんな子だったのだろう。

 シオリは想像しようとして、やめた。家族が亡くなって悲しいのはリザも同じはずだ。


「それにしてもさ」


 ユリアが話題を戻した。彼女なりに気を使ってくれたのかもしれない。


「学者さんが死んだ、とか、内陸部に入るのが危険、とか。どういうことだろう」

「うん。その内陸部に住んでいる私たちは生きてるよね」

「わっかんなーい」


 しばらく、誰も口を開けなかった。

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