第二章 1、瞳
目が覚めた。どうして気を失ったのかさえも、わからぬまま。
空は明るい。いまは何時だろう。
「ううっ……」
さっきの眩しさのせいか、目の奥が痛い。頭がくらくらする。
(なにが起こったの……?)
頭を押さえながらシオリは起き上がる。
「えっ……」
その目に映ったのは、倒れている大人たち。立っているのは自分だけだった。
傷ついている人もいるが、致命傷らしい傷もなく倒れている彼らの多くは、まるで眠っているようだった。でも、どうしてだろう、眠っているようには見えなかった。
シオリはようやく気づく。自分だけが立っているということは。
「……お母さん?」
ラソンも倒れていた。シオリの側へ頭を向け、顔を地面にこすりつけている。
「お母さん……」
シオリはラソンの元へ駆け寄り、その体を揺らした。だが、それはまるで人形のように、命の重みがなかった。
「お母さん……!」
母親の体を起こし、頭を自身の膝に乗せた。その顔には汗と砂がまみれている。
突如としてシオリは不安に襲われた。すべてを吸いこもうとする、蟻地獄のような不安感に。それを必死で払いのけようと、ラソンの首に手を当てる。
一秒、二秒、三秒。
十秒、二十秒、三十秒。
脈はない。
「お母さんっ! お母さんっ!」
何度叫んでも母は起きない。目を開いてくれない。
「お母さんっ!」
喉が張り裂けるほど叫んだ。
ふと、古い記憶がよみがえる。ずっと小さな頃、大切なおもちゃを壊してしまった記憶。幼いシオリは悲しくて悲しくて、叫び泣きをした。彼女は必要以上に大きな声を出した。注目してもらいたかったのかもしれない。
そんなとき、ラソンは「そんな大きな声出しちゃダメ。迷惑でしょ」とシオリを叱った。その言葉でシオリはいっそう不貞腐れたが、一方で満たされてもいた。
「叱ってよお母さん! 大きな声出してるんだから!」
母は動かない。少しずつ冷たくなっていくだけ。
「お母さんっ……」
遠くで大きな音が鳴った。なにかが爆発したような、なにかが崩れるような、体の奥のほうを重たいもので殴るような音が。
「なん、なの……?」
母の頭を地面に置き、立ち上がった。
いまの状況がわからない。確かめたかった。そして、目の前の光景から逃げたかった。
「あっち行ってくるね、お母さん。すぐに戻ってくるから、それまでには起きているよね」
シオリはおそるおそる駆け出す。
静かだった。
さっきの大きな音以来、目立った音も人の声も聞こえない。
(もしかして、倉庫のところでみんなが倒れていたように、この村中の全員――自分以外――が倒れてるんじゃ……)
そう、急速な孤独感に苛まれたとき。
「シオリー!」
突然の声に、胸がきゅっと縮まった。
「ユリア?」
ユリアがこちらに向かって手を振りながら走っていた。いつもは髪を二つに結んでいるユリアだが、今は長い髪が下されていた。その代わりにシュシュが手首に巻かれていた。寝起きなのだろう。
「よかった……ユリアは無事だったんだね」
ほっとしたシオリだったが、ユリアの心境は安堵などではなかった。彼女は、勢いよくシオリの胸に突っ込む。
「わっ」
「うわぁあああん! シオリー! お母ちゃんもお父ちゃんもお兄ちゃんも、みんなどうしちゃったの!」
ユリアはシオリの胸で泣きじゃくる。
「もしかして、ユリアのお母さんたちも起きないの?」
「心臓もバクバク鳴ってないんだよぉおお!」
シオリの胸がどんどんと濡れていく。そのせいか、それともユリアを支えるためか、徐々に落ち着いてものを見ることができるようになっていた。
(ということは、この村の大人たち全員が……?)
シオリは考えながらユリアの頭を撫でる。状況を冷静に鑑みようとするが、情報の破片を掴むことすらままならない。
諦めて首を振り、余計なものを振り払う。
ユリアは大声をあげなくなっていた。少し落ち着いてきたらしい。
「ユリア、だいじょうぶ?」
「……うん、ありがと――」
ユリアが頭をあげ、目を合わせたとき、ふたりは固まった。
「えっ……」
シオリが視界の中央に捕えたのは、ユリアの目。泣いて泣いて腫れぼったくなっているところなんかではなく、目の色だ。
〈神の末裔〉であり、黒いはずのユリアの瞳が、桃色に潤んでいたのだ。
そしてそれは、逆もまた然り。
「シオリ、その目、どうしたの?」
「ユリアこそ、その目……、ってことは私も?」
「うん、真っ青だよ……シオリのお母さんみたいに……。え、ユリアは?」
「桃色に、なってる……」
瞳が黒くない。
その事実が差す先にある結果は、ひとつしかない。
「そんなことあるの……?」
「生まれたときに決まるって、お母ちゃん言ってたけど……」
ユリアの言うように、この村だけでなく世界中でそれは定説だった。生まれた後に瞳の色が変わることなど、ありえるはずがない。
だが、それは現実に起きてしまった。
「もしかして私たち……」
「〈魔の穢れ〉になった……?」




