表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲット・アウェイ・ガールズ  作者: 中條利昭
第一部 〈あの光〉篇
11/76

第二章 1、瞳

 目が覚めた。どうして気を失ったのかさえも、わからぬまま。

 空は明るい。いまは何時だろう。


「ううっ……」


 さっきの眩しさのせいか、目の奥が痛い。頭がくらくらする。


(なにが起こったの……?)


 頭を押さえながらシオリは起き上がる。


「えっ……」


 その目に映ったのは、倒れている大人たち。立っているのは自分だけだった。

 傷ついている人もいるが、致命傷らしい傷もなく倒れている彼らの多くは、まるで眠っているようだった。でも、どうしてだろう、眠っているようには見えなかった。

 シオリはようやく気づく。自分だけが立っているということは。


「……お母さん?」


 ラソンも倒れていた。シオリの側へ頭を向け、顔を地面にこすりつけている。


「お母さん……」


 シオリはラソンの元へ駆け寄り、その体を揺らした。だが、それはまるで人形のように、命の重みがなかった。


「お母さん……!」


 母親の体を起こし、頭を自身の膝に乗せた。その顔には汗と砂がまみれている。

 突如としてシオリは不安に襲われた。すべてを吸いこもうとする、蟻地獄のような不安感に。それを必死で払いのけようと、ラソンの首に手を当てる。

 一秒、二秒、三秒。

 十秒、二十秒、三十秒。

 脈はない。


「お母さんっ! お母さんっ!」


 何度叫んでも母は起きない。目を開いてくれない。


「お母さんっ!」


 喉が張り裂けるほど叫んだ。

 ふと、古い記憶がよみがえる。ずっと小さな頃、大切なおもちゃを壊してしまった記憶。幼いシオリは悲しくて悲しくて、叫び泣きをした。彼女は必要以上に大きな声を出した。注目してもらいたかったのかもしれない。

 そんなとき、ラソンは「そんな大きな声出しちゃダメ。迷惑でしょ」とシオリを叱った。その言葉でシオリはいっそう不貞腐れたが、一方で満たされてもいた。


「叱ってよお母さん! 大きな声出してるんだから!」


 母は動かない。少しずつ冷たくなっていくだけ。


「お母さんっ……」


 遠くで大きな音が鳴った。なにかが爆発したような、なにかが崩れるような、体の奥のほうを重たいもので殴るような音が。


「なん、なの……?」


 母の頭を地面に置き、立ち上がった。

 いまの状況がわからない。確かめたかった。そして、目の前の光景から逃げたかった。


「あっち行ってくるね、お母さん。すぐに戻ってくるから、それまでには起きているよね」


 シオリはおそるおそる駆け出す。

 静かだった。

 さっきの大きな音以来、目立った音も人の声も聞こえない。


(もしかして、倉庫のところでみんなが倒れていたように、この村中の全員――自分以外――が倒れてるんじゃ……)


 そう、急速な孤独感に苛まれたとき。


「シオリー!」


 突然の声に、胸がきゅっと縮まった。


「ユリア?」


 ユリアがこちらに向かって手を振りながら走っていた。いつもは髪を二つに結んでいるユリアだが、今は長い髪が下されていた。その代わりにシュシュが手首に巻かれていた。寝起きなのだろう。


「よかった……ユリアは無事だったんだね」


 ほっとしたシオリだったが、ユリアの心境は安堵などではなかった。彼女は、勢いよくシオリの胸に突っ込む。


「わっ」

「うわぁあああん! シオリー! お母ちゃんもお父ちゃんもお兄ちゃんも、みんなどうしちゃったの!」


 ユリアはシオリの胸で泣きじゃくる。


「もしかして、ユリアのお母さんたちも起きないの?」

「心臓もバクバク鳴ってないんだよぉおお!」


 シオリの胸がどんどんと濡れていく。そのせいか、それともユリアを支えるためか、徐々に落ち着いてものを見ることができるようになっていた。


(ということは、この村の大人たち全員が……?)


 シオリは考えながらユリアの頭を撫でる。状況を冷静に鑑みようとするが、情報の破片を掴むことすらままならない。

 諦めて首を振り、余計なものを振り払う。

 ユリアは大声をあげなくなっていた。少し落ち着いてきたらしい。


「ユリア、だいじょうぶ?」

「……うん、ありがと――」


 ユリアが頭をあげ、目を合わせたとき、ふたりは固まった。


「えっ……」


 シオリが視界の中央に捕えたのは、ユリアの目。泣いて泣いて腫れぼったくなっているところなんかではなく、目の色だ。

 〈神の末裔(シン・トルファ)〉であり、黒いはずのユリアの瞳が、桃色に潤んでいたのだ。

 そしてそれは、逆もまた然り。


「シオリ、その目、どうしたの?」

「ユリアこそ、その目……、ってことは私も?」

「うん、真っ青だよ……シオリのお母さんみたいに……。え、ユリアは?」

「桃色に、なってる……」


 瞳が黒くない。

 その事実が差す先にある結果は、ひとつしかない。


「そんなことあるの……?」

「生まれたときに決まるって、お母ちゃん言ってたけど……」


 ユリアの言うように、この村だけでなく世界中でそれは定説だった。生まれた後に瞳の色が変わることなど、ありえるはずがない。

 だが、それは現実に起きてしまった。


「もしかして私たち……」

「〈魔の穢れ(マ・ゾルミ)〉になった……?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ