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「いやはや、嫌われたものだね」
僕と父様にじっと見つめられて陛下は乾いた笑い声を上げた。
人好きのするような柔らかな美貌は考えが読めない。
ただ、すでにこの民に愛される気安く明るい王が優しい王様でないことだけは理解した。
「まあ……下心がないとは言わないさ。君たちは王家を酷く憎んでいるだろう?当然だね。
けれどね、それに合わせて民が混乱し苦しむことがあっては困る。
釘をさしておきたかったのと、フィルメリアに正当な罰を。
そして何より、君たちはもういい加減過去から開放されるべきだ」
特にアルバーノン、貴方はね。
陛下のつぶやきに父様はあろう事か盛大な舌打ちをした。
「……余計なことを」
低く唸るようなそれはジャラジャラという鎖の音に掻き消されたが陛下の耳には届いたらしい。
しかし咎められることは無かった。
「心配せずとも、フィルメリアは病死で片付けられることが既に決まっている。
そもそもエルが王家を抜けて以来幽閉されていたのだから、その間病で寝込んでいることになっているし、誰も不信には思うまい。
君たちが手をくださずとも処刑されるのには変わらない。
だから、好きにするがいいよ、君たちにはその権利がある」
「……私は生涯、これの顔など見たくはなかった」
「ああ、そうだね、そうだろうね。
そうして逃げ続けるんだね、愛するもの達の仇から逃げ続けて野放しにした王家を恨みながら、失くす恐怖で息子と娘を囲い続けて縛って生きていく」
「………貴方がそれを言うのですか」
父様の冷めた目は真っ直ぐに陛下を射抜いていた。
ぐらりと揺れる虹彩は暗く、果てしなく、暗い。
空の色だと称される薄いブルーは地下牢を反射してか灰色に見えた。
父様の怒りは至極尤もだ。
忠誠を誓う王族に散々振り回され、愛する者を奪われ、隠され、騙されてきた。
その中にあって尚、王族は姉さんの命を狙い続けていたらしい。
許せるわけがない。
父様がそれでも、公爵家として、領地の民を守るものとして感情を殺しルーファス公爵として王に仕え続けたという事実は尊敬に値する。
対して僕は困惑していた。
何に、何にだろうか…。
ひとつは両親の死の真相を知りこそすれ、怒りや悲しみが全く湧いてこなかったこと。
顔すらわからず名前さえ知らなかった。
その両親がフィルメリア様の陰謀に巻き込まれて死んだとされてもいまいちピンと来ないのだ。
それは確かにルーファス公爵家が頑なに僕から真実を隠していたせいだろうか。
あるとするならば、僕を庇ってくれたというセティシラ様に対する罪悪感と悲しみだけだ。
それから、もうひとつはハーディスト伯爵がルーファス公爵家の為……いや
姉さんのためと言った方がいいのかもしれないけど、そこまで動いたという事実に対して。
あの人は、何故そこまでして……。
「アルバーノン、確かにその通りだ。私をいくらでも憎んでくれていい。
王となった以上簡単に殺されてやるつもりもないからね。
それに、君が後先考えず行動できる人間だとも思ってはいない」
父様は冷めた視線をピクリとも動かさず黙ってそれを聞いていた。
1度、言葉を区切ってそうして陛下は息をつく。
「……これは王として言いたいことだけど、君はとても脆く危うい。
痛々しい、見てられない。過去を振り切って未来を生きて国に尽くせ。
それから、これは私が言いたいこと。
君がハーディストに近づきたくないこともアルテンリッヒを近づけたくないこともよく分かるよ。
それから想像以上にセティシラ夫人に似てしまった娘と想像以上にネイサン・ハーディストと妹の面影を残す息子が一緒にいるのを見たくない気持ちもわかる。
また一緒に何もかも全部、亡くしそうで恐ろしいのだろうね。或いは彼の日を悔いて悔いて仕方が無いのかな。
わかるよ。けどね、あの3人が今の君を見たらなんて言うと思う?
間違いなくこういうハズだ。〝このクズ、弱虫アルバーノン〟ってね」
そう言った陛下の瞳は心做しか悲しそうでそして寂しそうに笑った。
父様は陛下の言葉に僕の聞き間違いで無ければなんと、声を上げて笑った。
酷く短く、鼻で笑ったようなものではあったけれど、多分確かに笑った、と思う。
依然として意味の無い言葉を叫び続けるフィルメリア様はもう意識の中に無いらしい。
いつの間にか、僕の意識の中にも無かった。
僕は情けないことにぽかんと口を開けたまま気がつくと父様に肩を叩かれていた。
「陛下、申し訳ないのですがそれの為に私は手を汚したくありません。私のこの手は余す所なく、領民と家族を守るためにあります。
私が手を下す価値すらない。もちろん息子にもありません」
「……分かったよ。ではせいぜい嫌われないように苦心して守り切ることだね」
「余計な世話というものです。では、私達はこれで失礼致します、陛下」
「帰りは門の外にいる黒服に着いて行ってね。それから君たちは今日何も見なかった…いいね?」
「仰せのままに。……帰るぞ、リヒテン」
「え?!え、……はい。…父様、陛下は?」
重い扉がゆっくりと閉まる隙間から笑顔で手を振る陛下が見えた。
あの状態のフィルメリア様と二人きりにして良いのだろうか。
というか、勝手に僕らだけ外に出てもいいのだろうか?
…………あの王様はなにかと自由すぎて困る。
父様が何も気にしていないところを見ると、どうやら慣れているのだろう…。
「父様」
「なんだ?」
「……陛下ってあんな人だったんですか?」
「そうだ。………昔からずっと、な」
それから小声で、相変わらず小賢しいガキだ。と言ったのを僕はまたもや聞き間違いかと思った。
びっくりしてまじまじと父様を見つめるとなんだか顔色が随分とマシになった気がする。




