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「それよりリヒテン、なにかあったの?」
「ああ、お父様と共に城へ上がっていました。
勉強と称して随分こき使われましたね。
それから、学園を休みすぎていることも咎められまして、学園にも顔を出してきました」
「あら…そうだったの。大変だったわね。
リヒテン、わたしのせいで迷惑をかけてしまってごめんなさい」
そもそもリヒテンの次期公爵としての教育が忙しくなったのはわたしと王族との婚約がダメになり、多少なりとも傷つけられた公爵家の名前にリヒテンだけは恥じぬようにと父公爵が張り切っているせいなのだろう。
学園に行っていないことだって心配性で優しいリヒテンがわたしを心配してくれているからである。
おそらく、あのお父様のネチネチと長いお説教を聞くはめになったのだろう彼には頭が下がる。
「いえ!姉さんが謝ることは何も。
……ただ、これからは今のように頻繁にこちらに来ることは難しいかと」
眉を下げてうつむくリヒテンは昔のまま、わたしの知っている天使のような弟で、とてつもなく庇護欲を掻き立てられて思わず抱きしめると赤い顔をした彼に押しのけられた。
いいじゃない、少しくらい。ケチね。
とどこかで聞いたようなセリフを口走りそうになりフローラを思い返してなんとも言えない気持ちになってしまった。
「とにかく!僕は今までのように姉さんの世話を焼いてられないんですから!しっかりしてくださいね!」
わたし、リヒテンに世話を焼かれていたの?という疑問の顔でクロードを見ると初老の紳士は肩を竦めた。
クロード、あなたそれはいったいどういう意味?
「アルテンリッヒ様、おつかれのご様子ですのでお茶の用意をさせましょう」
「ありがとうクロード。
今日は日差しも柔らかく風も穏やかですので、テラスに紅茶を用意していただけますか」
「かしこまりました」
クロードは恭しくお辞儀をしてホールからすたこらと退散していった。
クロードを見送ったあと歩き出すリヒテンの後ろを歩いていると、ふと思い出したかのようにリヒテンが声を漏らす。
ゆっくりと振り返ったリヒテンに合わせて早歩きで隣に移動すると深い青に見下ろされた。
そして今更ながら気がつく。
………本当だわ、リヒテンったらもうわたしよりも大分背が高い。なんてこと。
「それはそうと、姉さん」
「え?なあに?」
「王都にいる時…特に学園で面白い噂を聞きました」
「面白い噂?」
「はい。
姉さんの元婚約者のエルレイン殿下がたいそうクズだと。
学園ではもっぱらの噂のようです」
元婚約者、のところをわたしの勘違いでなければ強調したリヒテンはそう言ってとても素敵な笑顔を浮かべ、良かったですね。破棄になって正解です、と続けた。