4
いつもご感想、ブクマ、評価ありがとうございます(;_;)
そろそろ2部も終盤です。
完結までお付き合いいただけますと幸いです。
エルレインさんずっと暗い…
これからもよろしくお願い致します。
結果としてその日は何も起きなかった。
あのあとどうにか水分だけは拭ききった俺とアルトステラ嬢がホールに戻ると、あからさまな罵声と嘲笑に嫌悪とこちらを伺う不躾な視線が混じっていた。
思えば昔のようだ。
互いに隙のない貼り付けた笑顔で俺が彼女をエスコートをする。
手袋に包まれた手はひどく懐かしく当然のように馴染んだ。
まだ俺と彼女が婚約者だったころのよう。
ざわざわと態とらしく騒ぎ立てる会場において俺たちは話題作りに一役買うとても良いピエロだったに違いない。
馬鹿な元王子と可哀想な公爵令嬢。
その評価は一部、俺が臨んだところではあるのだが、アルトステラ嬢にそれを味わわせるつもりは一生なかったというのに……。
そんな俺達が共にあるのだ、それは楽しくて仕方がなかろう。
とくに、俺なんかは右半分が薄ぼやけた赤紫色に染まっていたりするのだし。
侮蔑と嘲笑に笑顔で答えていると人混みをかき分けてアルテンリッヒがどうにか這い出してきた。
相変わらず上昇志向の高いご令嬢方に捕まっていたようだが、アルトステラ嬢とあまり似ていない怜悧にも見える顔立ちはそれでも優雅に微笑んでいた。
「姉さん、大丈夫でしたか?」
「ええ、リヒテン、貴方も何も無かった?離れてしまってごめんなさい」
「僕のことはどうでもいいのです。
それより、もう十分でしょう?帰りましょう」
小声で交わされる姉弟の会話の合間でアルテンリッヒは一瞬だけ、しかし鮮烈に俺を睨みつけた。
恨みとも憤りとも妬みとも言えそうなそれはこの会場で受けるどんな視線よりも気持ちが篭っていそうだった。
念、と言った方が正しいのかもしれない。
あんなことを言われた直後である。
なんとなくバツが悪くて視線を外すとあっさり、アルトステラ嬢の小さな手は俺から離れた。
偽りの笑顔と偽りの随伴でも一瞬で奪われたそれに痛烈な焦燥感と喪失感がむくむくと湧く。
それになにより、こんな状況にあってもアルテンリッヒに大して燃えるような嫉心を抱いた自分に心底嫌気がさした。
2人は優雅に別れの口上を口にして、公爵家に近付こうと必死なものもアルトステラ嬢を貶そうと邁進するものも笑顔で交わしきり俺から離れていく。
空色の装飾の多すぎないドレスとアルテンリッヒの付けるタイは同じ色で2人は一対の美しい人形のよう。
濃い青と薄い空色の瞳は互いを愛おしそうに見つめるし。先程の俺と共にあった見るからにお手本のような淑女らしいものではなく、どこかアルテンリッヒに身を預けれているように見える。
身を焦がすような悋気に気付かないふりをするのが必死だった。
握りこんだ手に爪が刺さる。
数年前はあの位置に俺がいたのだ。
いたはずだった。
なにかひとつでも違えばあの目を向けられていたのは俺だったのかもしれない。
自分で手放して自分で望んだことではあるが、あの時は彼女への気持ちを理解していなかった。
どうしてもっと自分や彼女と向き合うことをしなかったのだろうか。
どうして俺は彼女にあんな翳った瞳をさせてしまうことしかできないのだろうか。
飲み込まれそうになる闇を精一杯噛み殺して微笑んで、それはそれは機械的に彼女達を目で追いながら自分の馬車へと乗り込んだ。
俺は果たしてどんな目をしていただろうか、アルテンリッヒを居殺さんばかりに睨んでいただろうか、アルトステラ嬢をみっともなく羨望が過ぎる眼差しで追っていただろうか、もうどちらにせよ、どちらとも………どうだっていい。
「可哀想な王様、素敵なシャツですね〜」
「………」
「今の貴方の目の色と一緒だ」
「…………」
「どうして、そんな酷く濁った目をしてるんですか。」
ゆっくりと走り出した馬車から聞こえる聞き慣れた声は正面にあった。
トルネオがそこに座っているらしかった。
そうか、俺は今そんな目をしているのか。
トルネオから隠すようにひとつ瞬きをした。
「諦めちゃうんですか?王様」
「…………いや、」
何をどうしても彼女を死なせないと決めた。
もうずっとずっと前に。
あの頃は義務感だったのかもしれないけど、それは絶対に譲れはしない。
何があっても。そのために生きてきたといっても過言ではないのだから。
もしかしたらフィルメリア様もこうして、俺への憎悪を糧に生きているのかもしれないな。
そう思うと苦笑が漏れた。
「王様がお嬢様の為にそんなに頑張る必要あります〜?」
「……まだ、俺にしかできないこともあるからな」
「あんなに嫌われてまで?」
「自業自得だ」
ははっとうっかり漏れた乾いた笑いにトルネオはたしかに〜と同意して笑った。
やめろ、お前に笑われると何故か腹が立つ。
「誰もなーんにも、分かってくれないですね~王様」
「………いや。」
何もわかってなかったのは俺の方だ。
彼女から全ての危険が去ったら、俺は彼女から離れよう。
それがきっと一番彼女にとっていい。
きっと、俺は彼女のそばにいない方がいいのだ。
そのあともトルネオの軽口は続いたがその殆どにから返事を返して俺は往路と同じく数日をかけてハーディスト領へと戻ってきた。
その間、前を走る馬車への警戒は決して怠りはしなかったが、ひとり、考える時間は山のようにあった。
たまに立ち寄る休息地で民と会話をしたり気まぐれにやってくるトルネオと会話をする以外の殆どは、そうだった。
彼女の言葉とあの暗い瞳はどうあっても頭からこびりついて離れない。
幾日ぶりの邸に人の気配はない。
執務室の机には相変わらず書類が溢れているが、ジークの姿はどこにも見えなかった。
彼の愛馬も外套もなかったから、領地に降りてでもいるのだろうと当たりをつけると、俺の寝室のドアに走り書きのメモが貼り付けられていた。
「……うまいものが食いたい、か」
どうやら当たっているらしい。
その字面から何故か怒りのようなものすら感じられる気がする。
今ごろどこかの酒場で飲み食いでもしているのだろう。
ヴィクターのあの手紙の追伸の件は早急に検討すべきかもしれないな…。
先程別れたばかりのトルネオが再度現れたのはその1時間後で、アルトステラ嬢も無事にイゾルテ邸へ到着したとのことだった。
しきりに顔色がとんでもないやら、早く寝た方がいいやら今なら目だけで人を殺せそうやら、それはそれは愉快そうに好き勝手口走っていつの間にか消えた。
アルテンリッヒが滞在するのか、王都に戻るのかは分からない。
正装用のジャケットを脱ぎ捨てててタイを解きドレスシャツのボタンを開ける。
そのままベッドに倒れ込んで目を閉じた。
いろいろなことが頭の中を走り抜けていく。夜会での出来事やそうでないものや、本当に、いろいろ。
その殆どがアルトステラ嬢に関することで、いたたまれない。
何事もなく事が終わって気が抜けたのだろうか、何か熱いものが込み上げてきそうで俺は深く息を吸って固く固く目を閉じた。
胸が苦しかった。もうこのところ、ずっと。
実母に愛されていないとわかった時よりも、初めてフィルメリア様に殺されかけた時よりも、家族にそのどれもを見て見ぬふりされていた時よりも、婚約破棄の日、お幸せにと彼女が美しく笑った時よりも、彼女に嫌いだと言われた時よりも。
とにかく、長い長い旅だった。




