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とっても濃い朝を過ごした後、リヒテンにあれやこれやと質問攻めにされるのを覚悟していたわたしに、リヒテンは急用ができましたとかなんとか行って馬を駆ってあっという間に飛び出していってしまった。
なんだか拍子抜けしてしまったけれど気を取り直して執務室へと向かった。
それというのもここでのわたしは大変な役立たずである。
とりあえず、今のところは。
普通の貴族令嬢としての結婚するという選択肢も今のわたしには難しいだろう。
なにしろわたしの評判といえば王族の怒りをかって僻地に飛ばされた公爵家の悪女である。
というわけで自分でどうにか身を立てて居場所を確保する必要があるわけで。
ここにきてから少しずつ執事のクロードやその奥さんでメイド長(といっても2人しか居ない)のトレイシーに領主としてのあれこれを学んだり、生活に必要なことや家事なんかを学んでのんびり過ごしている。
お嬢様にそんなことさせられませんといって譲らなかった2人を説得するのには骨が折れたが、どうにか今は領主のまねごとをさせてもらっているのだ。
あ、それからコックのバンスに料理を教わったりすることもあるが、1度ナイフで指を切ってしまっただけで心配性のリヒテンに調理場への立ち入りを禁止された。
……まあ、バレなければいいのよ。バレなければ。
「クロード、入ってもよろしいかしら。」
「お嬢様、おはようございます」
シンプルな執務室のドアをノックするとすぐさま内から扉があいて初老の紳士が恭しくお辞儀をした。
その紳士にわたしもドレスの裾を軽くつまんで朝の挨拶を返す。
「メイトローブ侯爵家とペティグリー侯爵家とロデット侯爵家のお嬢様方はお帰りになったのですね」
「ええ、クロードは分かっていたのね」
朝の騒動の時クロードとトレイシーの姿をまったく見なかった。
侵入者がいた場合、まず対応するのはこの邸の管理者であり、現在領主代理をしているクロードである。
それなのに、あそこであたふたしていたのはメイドのマリーと従僕のトルネオのみであった。
なぜだかは知らないけれどこの老紳士には何もかもお見通しらしい。
きっと彼が3人を邸に引き入れたのだろうと当たりをつけて彼を見ると、にっこりと微笑まれた。
…彼には時たま考えさえ読まれているようで恐ろしい。
「クロード、ありがとう」
「おや、いったいなんの事でしょう。」
穏やかに微笑みながらそういったクロードに笑を返してわたしは席に着いた。
「さて、では昨日の続きです。
こちらの資料に目を通していただいて判をお願い致します。
終わりましたら私が確認させていただきますので」
「はい、わかりました。今日もよろしくお願いしますね」
わたしは今の暮らしをとても気に入っている。
心の底から彼女たちに感謝をするくらいには。
3人は落ち着いたらこっそりと手紙を書いてくれるといってくれた。
それがもういまから楽しみで仕方がない。