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いつも、ご感想、ブクマ、評価ありがとうございます!(´;ω;`)
励みにさせていただいております。
もうずっとシリアス、シリアス…シリアスに次ぐシリアス……
鬱々展開で申し訳ないのですが、出来ましたら出来ましたら、見棄てずお付き合い下さると幸いです!
よろしくお願い致します。
「まあ、殿方に女性から触れるなんて、野蛮です
わ!」
「さすが、王都を追いやられただけはありますわね」
「負け犬同士、お似合いですこと」
待ってましたとばかりにクスクスと辺りに笑い声が連鎖する。
俺は唖然としてその中心に堂々と立つアルトステラ嬢を見つめた。
次いでやんわりと俺の腕を掴む白いレースに包まれた華奢な腕に目を移す。
一体、これはなにが………。
視線を彷徨わせると同じく茫然としているアルテンリッヒと目が合った。
すごい勢いのご令嬢方のアプローチを気にもとめずにこちらを凝視している。
彼も彼で混乱しているのか瞬きのひとつもしない。
「あら、わたくしたちは旧知の仲ですので、皆様もご存知なのではなくって?」
「勿論よ。誰でも知ってるわ。
馬鹿な元王子と、その馬鹿な元王子に裏切られた挙句断罪された可哀想でお馬鹿な婚約者様よね」
どっと甲高い笑い声がこだまする。
そう言ったのは茶色の長い巻き毛につり上がった栗色の瞳。
スヴェンソン伯爵の娘、ディエーラ嬢だ。
彼女は扇子で口元を隠してさぞ可笑しそうに笑った。
後ろで取り巻きたちが援護射撃をする。
その中に先程のシステナ嬢がこっそり混じっているところを見ると恐らくディエーラ嬢の指示だったのだろう。
アルトステラ嬢には届かなかったがその代わりに俺が被ったことで彼女は満足そうである。
それを聞いてアルテンリッヒと俺が僅かに口を開いたが、それよりも早くアルトステラ嬢は言葉を発した。
「辺境に飛ばされて随分経つわたくしたちのことをご承知でいてくださって感激ですわ。
皆様はわたくしたちを可哀想と同情してくださるから、お馬鹿な負け犬とも同じ目線でお話くださるのね」
「……は?」
「こんな馬鹿な負け犬、相手にされるだなんて思っておりませんでした。
わざわざ、わたくしたちのようなものを話題にあげてくださるなんて、皆様はお優しいですわ」
アルトステラ嬢が満面の笑みで無邪気に微笑んだ。
これにはさすがにディエーラ嬢もぽかんとしてその内顔を真っ赤に染め上げた。
暗に貴方達が馬鹿にするものと同じ目線で話している貴方もその程度よ。
と言っているようなものだ。
俺も同じくぽかんとして一部始終を見ていたが、まさしくそこはアルトステラ嬢の独壇場であった。
こういう場においては相手をいかに黙らせるか、である。
ディエーラ嬢とその取り巻きもまさか、この儚げで穏やかそうな彼女がそんなことを言うとは思わなかったのだろう目に見えて混乱している。
彼女を深く知らないご令嬢方は素で言っているのか、それが嫌味なのか分かっていない様子だった。
俺も昔はにこにこと笑って受け流すだけだった印象の彼女がこんなことを言うとは思いもしなかったが……なるほど、そういえば、彼女はあのルーファス公爵の実子で、アルテンリッヒの姉だ。
「あなたっ!」
「彼に素敵な歓迎をどうもありがとうございました。
知らなかったですわ。今はこういった歓迎の仕方が流行っているのですね。
王都を離れると流行に疎くなってしまってダメですね……
次会った時には必ずわたくしもさせていただきますので、どうかお許しください。
では、皆様お騒がせしました。ごきげんよう」
アルトステラ嬢は最後にとても素晴らしい完璧としか言いようのない礼をして優雅に踵を返した。
俺は腕を軽く引かれて慌ててそれに続く。
「……アルトステラ嬢、あの」
「リヒテンを残してきてしまいました。彼の安全は保証されますか?」
「ホールには陛下の目がある。しかし、あまり得策だとは言い難い。
目を離さないにこしたことは無い」
「分かりました。
貴方のその姿をどうにかしたら、すぐに戻ります」
「……アルトステラ嬢、その」
彼女の真っ直ぐな空色の瞳は俺を一切映さない。
映さないままに小さく交わされる会話に呆気に取られながら彼女に合わせ淡々と答えた。
ただひたすらに前を向く表情は形は笑みを浮かべつつも険しいものだ。
俺をやんわりと、しかし確実に引っ張って進む彼女が人気のない廊下についたとき、その手は離された。
「わたくし言ったはずですわ。もう守っていただかなくて結構だと。
あなたはわたくしをなんにもできない子供か何かと思っておいでみたいですが。ヴィクトレイク様と同じですのね。」
「そんなことは」
「ないと言えますの?
わたくしだって貴族の端くれ。女の社会には女の社会のやり方がありますの。
それに、ワインをかけられるのも、ああやって囲まれて嘲笑されるのも貴方よりも遥かに経験がありますわ。」
ハンカチを取り出し俺の顔を険しい顔で拭う彼女は目に見えて憤っているようだ。
たった、数時間前手を取っただけで困惑していた彼女とはまさに別人で。
怒りに燃える目にはそもそも俺など映っていないらしい。
「……せっかく美しく着飾った貴方を汚したくはなくて気がついたら身体が勝手に動いていた……すまない」
ガラス玉のような彼女の瞳から視線を逸らさぬままそう言うと、一瞬だけ彼女は手を止めた。
視線から逃げるように瞳を翳らせてそれでも拭う手は止めない。
「……やめてください。わたくしに構わないで欲しいと言ったはずですわ。はっきりと申し上げて迷惑です。
ご存知でしょうけれどわたくしの役目は貴方を殺させないための囮です」
「俺はそれに是と言った覚えはない」
「ええ、そうですわね。けれど貴方がいままでしてきたのはこういうことですわ。
お分かりいただけました?」
「それは……」
不意に手を止めた彼女は未だ俯いたままである。
表情はうかがえないが、その暗い声音に背筋が凍った。
………考えたこともなかった。
彼女にこんなことを言われる日が来るなんて思わなかった。
俺の計画であれば、彼女は一生このことを知らない筈だったのだ。
知った彼女の心境なんて……。
「わたくし、陛下の期待していたものとは違うと思いますが良い餌っぷりだったと思いますの。
この件が解決した暁には少しは貴方への罪悪感から解放されますでしょうか…?」
漸く顔を上げたアルトステラ嬢は作り笑顔でそう言った。
俺は息を飲みこんで、何も言葉を返すことが出来なかった。




