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「おや、これはこれは!王族の方にご参加いただけるとは!思いもよらなかったですな」
「スヴェンソン伯爵、お久しぶりです。
此度はお招きいただき」
「招いた覚えはありませんがね。何はともあれゆっくりしていってください。
あなたの話を聞きたいものは大勢いるだろうと思いますので」
……まあ、当然のことではあるが歓迎はされていない。
されるわけがない。
文字通り俺は、そもそも招かれざるなんとやらで、この場では嘲笑の的だ。
なにをどうやったのかは知らないがヴィクターが入手した招待状でむりやりねじ込まれたに過ぎない。
どこそこで俺を嘲る声と控えめに言って罵声が聞こえてくる。
負け犬だとか、落ちぶれただとか、今更、だとか。
そこにあるのは勝者の余裕だ。
人の悪意というものは集結すればするほど何倍にも膨れ上がる。
俺はそのすべてを笑顔で交わしながら視線だけはアルトステラ嬢を追った。
俺は慣れているが、社交界が3年ぶりにもなろうかという彼女は大丈夫だろうか。
こうも、引き離されるとは思っていなかった。アルトステラ嬢はご令嬢方にあっという間に囲われてしまったし、俺は位の高い者達の捌け口に捕まった。
こうなると、アルテンリッヒが着いてきて正解だったと思わざるを得ない。
いくら、目があるとはいえこの人混みではどんなイレギュラーが起こるかわかったものでは無いからな。
「呪われた地の領主となったご感想はいかがですか?陛下も酷なことをなさる。仮にも実の弟にあんなところを押し付けて追い出すとは」
「ええ、とても空気が綺麗なところですよ。
陛下は私に都会の喧騒から離れて休息をと思われたのでしょうな。
かの方はとても慈悲深い、そう思われませんか。
まさか、陛下が実の弟に嫌がらせをなさるような方だとでも?」
「いや!まさか!は、はは。陛下は実に心根の穏やかな方ですからな」
ははは、とかわいた笑い声を出す子爵に、分かりますと微笑んでそれとなくそこを抜けた。
相手を否定することなく受け流すのは得意だ。
こういうところであれば、さらさらとあることない事口をついて出てくるというのにアルトステラ嬢が絡むと俺は本当にだめだ。
特に彼女を前にしてだと間抜けな姿しか見せていない気がする……。はぁ。
どうにかアルトステラ嬢に近づいたところで目を吊り上げたご令嬢のひとりがワイングラスを引っ掴んだところを目撃した。
ああ、社交界での子女の大定番だ。
「このっ、」
アルテンリッヒはどうにかご令嬢方とアルトステラ嬢の間に体を滑り込ませてはいるが、次期公爵への下心満載の者達の相手で気がついてはいない。
アルトステラ嬢は淑女らしくほほ笑みを浮かべながら冷静に横目でこちらを見て、それからちらりと俺を見て目を見開いた。
僅かに微笑んで返すと彼女はなにか言おうとして口を開く。
バシャッ
「ひっ……!え、エルレイン殿下……」
「初めまして、ベルティア子爵家のシステナ嬢ですね。
私はエルレイン・ハーディストと申します。
殿下などという身分ではありません」
顔の右半分からしたたる赤ワインはシャツの襟元をぐっしょりと濡らしているが俺は拭うこともしないまま微笑んで大丈夫ですか?と手を差し伸べた。
アルトステラ嬢と彼女の間に突然滑り込んできた俺に何が起こったのか分からない様子の真っ青な彼女は、そんな…とわなわな震えながら持っていたグラスを手放しかける。……おっと。
床に落ちて弾ける前にそれを拾い上げてもういちど微笑むと彼女は羞恥からか顔を真っ赤にしてたくさんの人にぶつかりながら走り去っていった。
ぽたぽたと音を立てて垂れる雫にああ、たった1着しかない正装用のドレスシャツが…と思わなくもない。
これはもう絶対に落ちないだろう。
きっと領地にかえったらジークにとやかく言われるのだろうな。
ただでさえ、お金がないのに、とか。
ざわざわと女性達が退散していく中、はは、と1人苦笑を浮かべていたところで、突然腕を掴まれた。
エルレインさん、どんどん気持ち悪くなる……




