2
数時間後ようやく侍女達に解放された姉さんを捕まえた。
女性は準備に時間がかかるものらしいがまさか、ここまでとは。
そういえばハーディスト伯爵はどうしただろうか。
あれから父公爵もハーディスト伯爵も見ていないけれど、もしかしてずっと父様の長くてねちっこいお説教を聞かされているとか?………有り得る。
元王子が………いい気味で………お可哀想に。
ルーファス公爵家の色である青のドレスはそのまんま、姉さんの瞳の色だ。
こんなに華やかに着飾る姉さんを見たのは何年ぶりだろう。
イゾルテでは自分のことは自分でする上に仕事に追われて使用人と大差ないような生活をしている姉さんはそれでも綺麗だけど。
泥まみれになってトレイシーに叱られる姉さんももちろん綺麗だとは思うけれど。
正装に身を包み全身をくまなく着飾った彼女はこんなに美しかっただろうか。
いや、むしろ記憶の中のそれよりはるかに綺麗になっている気がする……。
気づいているのか気づいていないのか、恐くは後者だと思うけど、鬱々としたアンニュイな雰囲気にを醸し出す姉さんはどこか色っぽいし。
翳りのある水色の瞳は庇護欲を掻き立てられる……気がする。
しかも、どうやったのかカミラ一同はきっちり、あの頑固そうなクマを消し去っていた。
こうなると、むしろ残っていた方がいくらか姉さんの為になろうというものだ。
この状態で夜会に行く気なのか?父様はこの状態の姉さんを送り出すと?
あんな悪意と下心しかないような人間の巣窟へ?
しかも驚いたことに父様は同行しないらしい。
何を考えているんだろう。有り得ない!
理由を聞いても歯を食いしばってギリギリさせるだけだし、まあ、その様子を見るに不本意なんだろうけど。
姉さんのことも心配だけど、僕は父様の歯が折れないかも心配だ。
「姉さん、やっぱり行くのはやめましょう」
きっと、この姿を見たら父様の歯は何本か折れてしまうでしょうから。
まだまだお若い父様がそれではあまりにも哀れです。
だから、ね?なんの事情があってかは知りませんけど、やめときましょう。
「……リヒテン、それは無理よ」
「どうしてですか? あんなところ行っていい事なんか何にもないですよ。」
「ルーファス公爵家の者として役割はきちんと果たすべきだわ」
なんということだろう。
予想外に姉さんが手強い。全く引く気を見せない水色の瞳は何か信念のようなものまで点っていそうである。
「……じゃあ、代わりに僕がいってきます。それでいいでしょう」
ルーファス公爵家の者として?ということはまさか、王家が絡んでいるのか。
そもそも父公爵が逆らえないものなんて限られているし。
だとすればハーディスト伯爵が絞められていたのも納得だし……。
あの元王子、なんだ偉そうにしておいて結局守れていないんじゃないか。
……いやでも、あの計算高くて気持ち悪い彼でさえ太刀打ちできない何かとは一体何なんだろう。
となれば陛下……?
いやいや、陛下が出てくるわけがない。
それこそ一体なんのメリットがあってのことだか分からないし、そもそもあの人の良さそうな優しそうな方が姉さんに対して異常な執着を見せるハーディスト伯爵をどうねじ伏せるというのだろうか。
いやいや、陛下にそんなこと出来るはずがない。
「それだけはだめよ!」
僕のため息混じりの言葉に姉さんは青ざめて声を裏返した。
その迫力に僕は驚いて思わず姉さんを凝視してしまった。
いや、だって、え?……突然、どうしたの?姉さん。
「いや、あの、ごめんなさい姉さん」
何が彼女の気に触ったのだろうか。
つねに穏やかな彼女のあまりの変わりように僕は惜しげも無く動揺していた。
別に姉さんが頼りないとか、そういう事じゃないんだ、としどろもどろに言ってみたが彼女は顔を強ばらせたままである。
正直にいって、姉さんは僕に甘い。
それも、かなり。
可愛がられている自覚があるし、姉さんにこんな目を向けられる日が来るなんて思いもしなかった。




