公爵家子息の策略。
姉さんがほぼほぼ、3年ぶりに本邸に戻ってきた。
その話を聞いた時、どうして、頑なに領地から出そうとしなかった父様の気が突然変わったのだろうか。
ハーディスト伯爵とまたなにか企んででもいるのだろうか、とも考えたがそれもどうやら違うらしい。
なぜならひと月前に城から戻った父様はひど刺々しいオーラを放っていた。
そしてハーディスト伯爵からの手紙をビリビリにそれはもうビリッビリに破いて燃やした。
父様はもともとあまり感情を表に出す方ではない、どんなときも常に冷静にが彼の信条であるし、僕もそう教わっている。
その父がだ。
こんな父を僕はいまだかつて見たことがなかった。
ここまで父様が憤ることで、しかもおそらくハーディスト伯爵が絡んでいるとなると、それは十中八九姉さん絡みのことだ。
父様はわかりやすく激怒していた。いや、あるいはもしかしたら、僕ら家族以外にはわからないかもしれないが。
しかし、何を聞いても父様は答えてはくれなかった。それで僕は確信する。
ああ、これはもう姉さんのこと確定である、と。
それから数日して僕は怒りもある程度収まったであろう父様に呼び出された。
執務室で無言を貫く父様に付き合い無言で居るさまは、さぞ奇妙だったと思う。
何度か口を開きかけたが、やはりぐっと口を噤む父様は随分たって観念したようにこういった。
「……一月後のスヴェンソン家の夜会にステラが参加することになった……」
その時の父様の落胆ぶりといったら、そしてもちろん僕も何故かと聞いたが、父様はそれっきり頭を振るばかりであった。
スヴェンソン家といえば、反エルレイン殿下派として有名ではなかっただろうか、元婚約者である姉さんが好んでそんなところに行きたがるわけもない。
………いや、もしかしたら、ハーディスト伯爵のことをついに嫌いになったとか…?
いやいや、ないな、ない。
姉さんにとってのハーディスト伯爵はそれほどの価値さえもないはずだ。
まあ、ただ、父様のその様子を見るに僕の誕生日が近いからって訳じゃないことだけは確かだった。
そうして、今日姉さんは本邸に戻るなり挨拶もそこそこに侍女に大急ぎで連れていかれた。
夜会の準備があるのだろう。
今は昼前。時間はない。
今日のためにスケジュールを調整しまくったのだろうか、姉さんは見るからに疲れていた。
相変わらず綺麗だったけれど、儚げな雰囲気に拍車がかかり、つついたら崩れ落ちそうである。
どうやらあまり寝れていないらしい。
大丈夫なのか心配になって声をかけたところで侍女長のカミラに小言を言われながら引き離されてしまった。
カミラはイゾルテのトレイシー3人分くらい手強い。
あの目の下の濃いクマを侍女達がどう消すのか楽しみである。
その後にばっちり正装をして我が家に現れたハーディスト伯爵の挨拶を見終えた父様は彼を物凄い顔で睨みつけながらハーディスト伯と共に執務室へと早足で消えていった。父様とハーディスト伯爵の間に何があったのかは知らないが、うっかり殺してしまいそうな勢いである。大丈夫かな…。
ハーディスト伯爵はまるで昔の王子時代に戻ったかのように素晴らしい出で立ちであったが、彼もまた目の下にうっすらとクマを携えていた。
一体あっちで何があったのだろう。
まあ、ハーディスト伯爵のことは割とどうだっていい。
けれど、姉さんにはいろいろと聞かなくてはならないことがある。
彼女からくる手紙と言ったら最近めっきり報告書ののようになってしまっているし、内容も身が入っていないというか、なんというか………適当だし。
姉さんが参加出来るということは招待状があるということだ。
姉さんは百歩譲って分か………らないが、ハーディスト伯爵にいたっては更に輪をかけて意味がわからない。
行く意味も分からないし、招待状がある意味も分からない。だって反エルレイン殿下派の本拠地だし。
なにをどうやってスヴェンソン家なんかの招待状を入手したのか分からないが弟として付いていって参加する気は満々である。
次期ルーファス公爵である僕を追い返しはしないだろう。いくら、スヴェンソン家といえども。
少し行儀が悪いのは承知だけど。
そうじゃなきゃ、誰が姉さんのエスコートをするって言うんだ。ハーディスト伯爵?それこそ有り得ないじゃないか。
さっさと夜会へ行く支度を済ませ姉さんを待つとしますか。
正直父様とハーディスト伯爵を丸め込む自信はないけど、姉さんなら何とかなりそうだし。




