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今日に至るまではまあそれはそれはなんや、かんやと本当にいろいろなことがあったけれど、それは今は割愛しておこう。
「あなたたちは、何も罰を受けなかったの?」
何よりも大切なのはこれだ。
わたしのためにリスクを負って大変なことをしでかした彼女たちがどんな罰を与えられたのか、聞くのが怖くて仕方がない。
けれど、わたしが彼女たちに王妃になりたくないだとか殿下はどなたか愛する人と一緒になればいいのにだとか、好き勝手に話してしまったから優しい彼女たちが行動に移してしまったわけで。
聞きたくないなどとは言ってられない。
フローラがふっと息を吐いて、エレナは紅茶を1口飲んだ。
アイシャはひたすらにいつもの天真爛漫な笑顔を浮かべていて、リヒテンに変なものを見るような目を向けられている。
「お咎めがないわけないじゃない。きちんと罰は受けたわ。」
「なんたって、殿下の天使ちゃんにちょっかいだしちゃったんだもの!」
「自宅謹慎3ヶ月ですわ」
「……それだけなの?」
殿下の不興を買ったにしてはいやに軽い。
確かに侯爵家の令嬢3人をまとめて(しかもかつての婚約者候補)相手にするのは殿下とて荷が重いのかもしれないが、何を隠そう彼女たちは所謂卑劣な嫌がらせの実行犯とされているのに。
「それだけよ。
それから、ステラあなたとの接触禁止ね」
「ええっ?!そうなの?」
わたしが驚愕の声を上げるより先に立ち上がったのはなぜかアイシャで。
フローラとエレナにあなた聞いていなかったの?と白い目を向けられている。
「じゃあ、ここにいることがしれたら…」
「大変なことになるかもしれないわね。
でもバレなきゃいいのよ」
ふふんと強気に笑うフローラを見ているとなぜか大丈夫なのだと思えてきてしまうから不思議である。
……いやいや、大丈夫なわけない。
「けれど、学園を卒業したらきっと簡単には会えなくなると思いますの」
「そうなの?!」
「アイシャ、少し黙っていてくださる?」
「…はあいー」
珍しくエレナにほんわかとした優しい笑みを向けられながら窘められたアイシャは心なしか顔色を青くして押し黙った。
ええ、そうね。怒らせると怖いのはストレートに感情を表現するフローラよりも、むしろ穏やかなエレナの方だ。
アイシャの育てかたを可愛がるあまり間違えてしまっただろうか。
わたしはどうやら、リヒテンやアイシャのように可愛げのある年下に弱いらしい。知らなかった。
「ですから、きょうはお別れのご挨拶もかねてあなたに会いに参りましたの。」
「そう、それと、一つだけどうしても聞いておきたかったのよ」
ふわりと琥珀色の瞳をまどろませて微笑む美しいエレナに勝気なアーモンド型の瞳を和らげてフローラが続く。
「アルトステラ、あなた、今幸せかしら」
わたくし達がステラの気持ちを無視して勝手なことをした自覚はあるの。
けれど、殿下のあんまりな態度に我慢がならなかったわ。
ええ、わかっているのよ。ただの自己満足だと。
苦笑しながらそう続けたフローラにわたしは満面の笑みを返した。
「もちろん、とっても幸せよ。あなた達のおかげでね」
そう、良かった…と微笑むフローラの目尻にさえうっすらと涙が浮かんでいて、私たち4人はそれから少しだけ泣いた。
トレイシーの入れてくれた暖かい紅茶をもう一杯飲んでから彼女たちは邸を去っていった。
エスコート役を買って出てくれたリヒテンは何にも言わずに来た時とはうってかわって紳士らしい笑みをうかべて丁寧に彼女たちを馬車へ案内してくれたものだから、わたしはうっかり惚れっぽく冷めやすいアイシャがリヒテンを好きになってしまうのではとハラハラしながら見送ることになった。