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中途半端に冷静さを取り戻しかけたわたしの気分は最悪だった。
回らない頭の中にやってしまったという後悔が激しく渦巻く。
どうしましょう、あまつさえ元王族を平手打ちして気味が悪いとまで言ってしまいました…。
理性が働かなかったそれらは紛うことなきわたしの本音なのかもしれないけれど、でも、今じゃない。どう考えても。
そんなわたしとは対照的にエル様はわたしが見て分かるほどに冷静さを欠いていた。
目を見開いてブツブツと呟く顔色は青くなったかと思えばほんのり赤くなりわたしは扉のギリギリまで後ずさった。
自分より冷静でいないものと一緒だと変に冷静になれると聞いたことがあるがどうやら本当らしい。
そしてエル様のことをリヒテンやフローラがしきりに気持ち悪いと言っていたが確かにこれは気持ち悪い。いや、不気味である。
ヴィクトレイク様とはまた違った意味で。
王族の皆様って変な人しかいないのかしら。
「………とにかく、わたくし貴方のために社交界に戻るわけではございません。
ルーファス公爵家の者として陛下の直々の願いだからこそ、従うまでです。
ですので、貴方には一切関係ありませんからお気になさらないでください」
「………そうか、そういうことなのか…」
「ええ、そうです。そういうことですので、もうまもっていただかなくて結構です。
今までどうもありがとうございました!」
見開きすぎてこぼれ落ちそうだったアメジストはものと位置に収まり、エル様はうつむき加減のまま頷いた。
もう半ばやけくそで言い切った早口のそれを聞いたにしてはやけに反応が薄い気がする。
分かってくださったらしい言葉に1度は安堵をしたけれど。
一切わたしのことが視界に入っていない模様の彼はふんふんとなぜか先程と打って変わって穏やかな表情を浮かべているが本当に分かってくれているのだろうか?
「アルトステラ嬢」
やや間を開けてやたらと意思のこもっていそうな瞳が唐突にわたしを射抜いた。
まったくもってぶれないその瞳の迫力にたじろいだわたしが後ろに下がったところで背が扉にぶつかるだけである。
「なんでしょう」
美しい顔立ちはそうしているとただの無機物のような異様な雰囲気を醸す。
それが余計に恐ろしい。
なんでもないように努めて毅然と返したけれど彼に気づかれていないかしら。
そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、彼は足音を立てずわたしに1歩近づいた。
少しだけ近くなった距離に、その迫力に体が硬直する。
先程よりも近くなった場所からアメジストがわたしを見下ろす。
まったく、何がしたいのかわからない。
話はもう済んだはずなのだから早いところ帰ってほしい。
もう、そう言ってしまおうと口を開いたところで手袋をしたままの彼の手がわたしの頬に届くか届かないかのところまで伸びて、止まった。
言葉の代わりに出たのは短い悲鳴である。
思い沈黙を切り裂くには十分だったそれを聞いて彼は小さくまゆを下げた。
そんなはずはない、そんなはずはないけれど彼の表情は泣き出す前のリヒテンのようだった。
「アルトステラ嬢、俺は貴方の事が、好きだ」
近づいてきた手はわたしに触れることなくゆっくりと降りた。
え……?今、なんと?
確かに彼は先程嫌ってなどいない、と言った。
言ったけれど……す、すき?!そんなわけない、そんなはずはない。
何を…言っているの?何を考えているの?
ふいに動揺していったりきたりする視線の先、廊下の奥にひょっこりと顔を出しているマリーが見えた。
真っ赤に顔を染めて目を煌めかせてこちらを伺っている。口を抑えているのは、今にも叫びそうなのをこらえる為だろうか。
わたしの羞恥心は途端にものすごいスピードで跳ね上がりせっかく冷静になりかけた頭はまたもや何かを振り切ってしまった。
なぜだか怒りすら湧いてくる。
「あ、貴方!先程のわたくしの話を聞いてくださっていました!?」
「ああ、聞いていた。
そんなことは分かっている。分かってはいるが貴方に危険な思いはさせたくない。
これは、俺の我儘だな。
思えば今までだってそうだ。貴方をずっと守りたいと勝手に思っていた。義務のように感じていたが、それは貴方が好きだからだ。」
視界の端のマリーが飛び上がって悶えるように足をバタバタさせている。
こんな時に限って彼女は音を立たせなかった。
どうして!こんな時に限って……!
お願いだから空気を読んで、わたしを助けて、そしてここに乱入してちょうだい!
平然とそう言い放ったエル様にわたしは困惑と羞恥と怒りに支配されてパニックの頂点へと誘われた。
なんで、なんで、こんなときに、呑気にそんな事を言うの……。というか、それを聞いてどうしたらいいの!
「そんな事を言われても、困ります!
わたくしは貴方のこと好いてはいません!
むしろ………嫌いですわ!」
気がついたらそう言っていた。
ついつい、口から飛び出してしまっていた。
自分自身、びっくりである。わたしはエル様のこと嫌いだったの?
というか、た、大変なことを言ってしまったわ。
あわあわと顔を青くするわたしが逃げるように視線を泳がすと視界に入るマリーは唖然としていた。
ほら、だから期待には応えられないと言ったじゃない。……いや、言ってはないわね。
恐る恐るどうにか視線をあげてエル様の表情をうかがうと彼は、「そうか」と小さく呟いて穏やかに微笑んでいた。
悲しそうにも見えるし嬉しそうにも見えるその表情に顔が引きつった。
本当に本当に何を考えているのかわからなくて怖い!
「当然だな、今はそれでいい。無関心よりはましだ」
彼はそういって苦笑するといつものように完璧な紳士の礼をして固まるわたしを置き去りに去っていった。
わたしの頭は未だにもろもろの事実を処理をしきれない。
マリーもそれは同じらしく、すれ違ったエル様にまったくの無反応でもはや人形のようだった。
結局、話は何も進んでいないような気がするのだけれど。
礼をしたあとに彼は「勝手に思っているだけだから、許して欲しい」と言った。
それから、「今まで君を巻き込んで辛い思いをさせていてすまない」とも。
わたしは唖然としていて何も返せなかったけれど。
とにかく、わかったことといえばエル様のお気持ちとわたしの気持ちくらいのものである。
どっと徒労感が襲ってきて深いため息をついた。
もう、わけがわからないわ……。
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