3
いつもご感想、ブックマーク、評価ありがとうございます。
ノロノロ展開ですがお付き合いいただけますと幸いです。
よろしくお願いいたします!
陛下の言葉に少しだけ力が抜けた。
なにを言われると思ったら…。
こんなところへわざわざ陛下が出向いてわたしと直接会話をする必要があるのであれば、彼の意図するところは言葉のとおりではないだろう。
なにか重要な意味があるのかもしれない。それにしても、
「陛下、わたくしは社交界から追放されている身ですわ。それも貴方様の弟君によってです」
「だから、それを解こうと言っているんだよ。
再三再四に渡ってこちらにも、あれにも文を出しているのだけど……ああ、いいよ、わかった。知らないんだね。やっぱりね。
あれがなんやかんやと話を逸らして器用に逃げ回るもんだからあの馬鹿な弟と話をしに来たんだよ。本当の目的とはまた少し違うけどね」
陛下はやれやれと首を振る。
さすがにうちの自由な使用人といえど陛下の手紙を隠すようなことはしないだろう。
だとすると前科のあるエル様なのだろうか。
陛下は確信があるらしくあいつめ、と目を細めてそれでも口元は微笑んでいる。
…不気味だ。
「あの、陛下、本当の目的とは?」
エル様と話をすることすらついでらしい、それはそうだろうわざわざ陛下がこの田舎にリスクを負ってくる理由としては弱い。
そもそもなんでわたしが社交界に戻る必要があるのだろうか。
それで陛下にどんな利点があるというのか。
「あー、フィルメリア…つまり私の実母だけど彼女が逃げたんだよ。
あ、これは他言無用で頼むよ」
「え?」
ものすごくサラッと口にした陛下に思わず声をあげると彼は、ああ、大丈夫。この部屋はきちんと見張られてるから誰も聞いていないよ。と見当違いのことを口走った。
それがわざとなのかどうなのかは分からないけれど。
「彼女の目的がなんだか知っているかい?
エルを殺すことだよ。」
「…はい?でもそれはヴィクトレイク陛下を即位させるためのものだったのですよね?
だとしたら、もうエル様を亡きものにする必要なんてないのでは…」
「なんだ、意外と知っているのか。誰に聞いたの?君が自分で気付くはずはないから、エルが話す訳もないし…アルバーノンかい?それともアルテンリッヒ?ああ、婚約者候補のお仲間たちかな」
主に、アルテンリッヒですわと答えると、ふーん、なるほど、と顎に手を当てた。
ちなみにアルバーノンというのは父公爵のことである。
というか、この人は本当に何から何まで承知のようだ。
そして端はしでわたしを小馬鹿にしているのが良くわかる。
「まあ、いいや、知ってるんだったら話は早い。
あの人は昔っからエルと君を消そうと一生懸命だったんだよね、甲斐甲斐しく。
当然目的は私を王にするため、そして自分の地位を磐石なものにするためだね。
頭はそんなに良くないけど野望と権力への執着心で王の母にまで成り上がった人だ。我が母ながら大したものだよ」
「それでしたらもうエル様にもわたくしにも用はないはずですわ。
貴方様は王になられました。そしてエル様はもう王族ではありません」
「その通りだよ、アルトステラ嬢。
エルは君にフィルメリアの魔の手が及ばぬよう囮となり、見事にずっとフィルメリアから命を狙われ続けたのをかわしてそして王家から除名された。
では、なぜフィルメリアがそのあいだ処刑されたり罰せられたりしなかったか分かるかい?」
「………彼女が王の側妃だったからでしょうか?」
「うん、建前的にはそうだ。それに彼女は決して自分では手を下さなかった上に使われた者達の口が固くてね、証拠も少なかった。
けれど、エルと私と陛下は分かっていたんだよ。
それでも彼女を自由にさせていたのは、そんなエルを囮に城内の膿を出すためだよ。
彼女に協力するものや、反対勢力、エルを担ぎあげて王政を混乱させようとしている貴族なんかをね、エルを目くらましに使って排斥していったわけだよ。こっそりゆっくりね」
「…そんな、じゃあエル様は…」
幼い頃からずっと憎悪を向けられ見て見ぬふりをする家族に利用されながら生き抜いてきたということなのだろうか。
淡々と話す陛下を唖然としながらまじまじと見つめる。
彼は全く気にした様子もなく笑みを讃えたままである。
この人は一体どんな気持ちでこんなことを言っているのか、神経を疑う。
「そうだよ、本当にその名の通り囮さ。エル自身もそれは分かっているんだよ。それと引き換えに私たちもエルのすることには協力してきたしね。
本当によく生き抜いたと思うよ」
気の休まる時など無かったのではないだろうか。
外では望まれる王子を演じ家では裏で命を狙われ続けながらわたしの命をまもり、フィルメリア様の目を逸らし家族に利用される。
当時エル様の味方が1人でもいたのだろうか?
「エルが王族を抜けハーディストに来るタイミングというのは、その作業が終わる頃合いを意味するんだよ。
城内の不穏因子一掃が終了したら、フィルメリアはどうなると思う?」
「どうって……フィルメリア様の行ってきたことは許されることではないとおもいます」
「そういう事だよ。つまり、彼女は処刑されることになったわけだ。
用無しになった彼女を排して漸く改革は終わるわけだけど、城に幽閉していた彼女が逃げてしまったんだよね。
目的はエルを殺すこと。王の側妃だった身分から犯罪者と変わらない立場に転げ落ちたんだ。こうなったのはエルのせいだと、彼女はエルに大層逆恨みしているものでね。
今までずっと憎んでいたんだからそりゃあ恨みやすいよね。
もしかしたら、それは地位も名誉も何もかも失った彼女の生きる活力なのかもしれないね」
陛下は言った。
エルはこの事を知っていると、知っているからこそ君に聞かせたくないと。
君を危険に晒すわけにはいかないし、自分でなんとかなる問題だから放っておけと。
「なんでそこまで……」
「さあね、私にとってはどうでもいい事だから、別に何でもいいよ。」
陛下はにっこりと人好きのする笑みを浮かべた。
この人懐っこそうな表情はずっと昔から変わらないし、この笑顔に騙される人は多々いるのだと思う。かつてはわたしもそうだったし。
でも今は、この笑顔こそ恐ろしい何か企んでいること山の如しであるし寒気がする。
「だからね、何が言いたいかと言うと君に社交界で目立ってほしいんだよ。
そしたらフィルメリアは目障りな君を無視出来ない筈だから何らかのアクションを起こすだろうね。
君が王都に行けばエルもハーディストにずっと引っ込んでるってことは無いだろうし、私はとってもやりやすい」
なるほど、つまりはこういうことでしょうか。
「わたくしに餌になれ、と」
「その通りだよ。よく分かったじゃないか」
えらいえらい、よしよーしと子供のような扱いをされて僅かに顔がこわばった。
「王として、身から出た錆はさっさと処分したいしね。
当然、国民を危険に晒すわけにもいかないし、正直ここでエルを失うのは惜しいんだよ。
私は国の為になるならどんなものでも使うよ、母親の命も君の命も自分の命もね」




