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自室に戻ったわたしは若草色のワンピースのまま備え付けの小さなテーブルセットに紅茶をいれ、華奢な椅子に腰かけた。
来たばかりの頃、椅子の脚があまりにも華奢で壊れてしまうのではと躊躇ったけれど今のところは大丈夫である。
小さな丸テーブルにかけられたクロスは領地の子供たちが刺繍をしプレゼントしてくれたもので、青と白の様々な花の中で空色の鳥と深い青の鳥が飛び回っているものだ。
青と白のコントラストと、青の濃淡がとても綺麗なそれはわたしのお気に入りである。
青はルーファス公爵家の色であるし、空色と深い青はわたしとリヒテンの瞳の色である。
彼女たちはこれがアルトステラ様でこれがアルテンリッヒ様で、と甲斐甲斐しく説明してくれたものだ。
こんな大きな作品を作るのにどれだけ時間がかかったことか、わたしは感激して涙を堪えるのに必死だった。
紅茶を蒸らしながら思いを馳せていると控えめなノック音が聞こえて小さく息をついてから視線をあげた。
「どうぞ」
「これは、アルトステラ様のお部屋だったとは…またもや迷ってしまって。大変失礼致しました」
数刻前とは違う乾いたフードを目深にかぶったレイが顔を覗かせる。
2階の1番奥にあるわたしの部屋に迷い込むわけがない。
それまでには、使用人の居住域を通らなければいけない。
クロードの部屋やバンス、トレイシーの部屋があるのだから彼らに止められるはずである。
「まあ、そうでしたの。
もし、よろしければご一緒にお茶でもいかがですか?ヴィクトレイク陛下」
ヴィクトレイク様の表情は見えないが少し間があったあとに口元をニヤリと歪ませた。
「……まさか気づいているとはね、驚いたよアルトステラ嬢」
パサリとフードを落とした陛下は2年前よりもやや頬の丸みがなくなり男性らしくなっている。
エル様よりも薄い色のアメジストの瞳はアーモンド型で口元は常に笑を絶やさない。
肩を過ぎるほどの長さの金髪は丁寧に編み込んでいるが、ご自分でされたのだろうか、それともバンスが?
「自分の頭で考えられるようになったのかい」
「さあ、どうでしょうか」
まずは、おかけになってくださいと椅子を引くと陛下は躊躇いなく、それじゃお言葉に甘えて、と着席した。
その後に向かいに座ったわたしを面白そうに細められた瞳が観察する。
この人は昔から何を考えているのか本当に分からない。誰にでもとても気安いけれど、陛下自身と話しているようでその内は絶対に見せない。
「わたくしと二人っきりになってしまってよろしいのですか?お付の方は」
「扉の外にバンスがぴったりと張り付いているよ。私の危機にも君の危機にも駆けつけることだろう。ま、安心してくれ、ここで君を殺しはしないし殺される気もないから」
そうですか、と息をつく。
扉の外にはたしかにバンスがいるのだろう、しかし陛下の口ぶりからおそらくそれだけではない。
既にどこかに陛下の手の者が待機していると見て間違いないだろう。
「では、どうして陛下御自身がこんなところへお越しになられたのです」
陛下だと気がついた時、わたしに用があるかわたしを殺すためかそのどちらかだろうと思ったけれど、どうやら、クロードとバンスは事情を知っているようだったし、エル様は割と簡単に引き下がった。
少なくとも殺されるわけではないとは思ったが、だとしたらわたしに陛下が一体なんの用があるというのだろう。
わたしの言葉に笑みを深くした殿下は紅茶を1口口に含んだ。
あまりにも躊躇のない動作に心の中で驚く。
わたしが毒でも盛っていたらどうするおつもりか。
「君がこの領地のなかで手に入れられるくらいの毒物で私を殺せると思っているなら、相当なおバカさんだね。
君なら知ってると思うけど城にいると午後の茶菓子くらい簡単に毒を味わう機会があるからね。」
毒が入っていないことくらい知っているさ。とわたしの問いには答えずになんでもないように言って人懐っこそうな笑顔を浮かべる陛下に恐ろしさを感じる。
例え毒が入っていると知っていてもこの人なら平気な顔をして飲んでそれを理由に処刑されそうである。
「……陛下はどうしてイゾルテに?」
「うーん、そうだね、イゾルテにというか、君に頼みたいことがあってね」
「わたくしに…?」
陛下直々に手紙でもなく勅令でもなく、頼み?
お父様でもリヒテンでもなく、わたしに?
「アルトステラ嬢、社交界に戻ってきて欲しいんだ」
陛下はさらりとそう言って、もう一度優雅に紅茶を飲んだ。




