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「で、またなんだよ、その山積みの書類は」
「ああ…ヴィクターとルーファス公だ。」
げぇっと顔を引き攣らせるとエルもため息をついて再び書類に目を移す。
「また上手いこと使われてんな」
「まあ、仕方が無いだろう。あの方はここに近付けんからな。
それに俺のわがままだ」
馬鹿だなあ、お前。と鼻で笑うと、五月蝿い放っておけと睨まれた。
うへー、こわいこわい。
そこまで自分を犠牲にしてたった1人の言っちゃなんだがただの女の子を守っておいて、どうして気付かないんだ。
本当に不思議で仕方がない。
うちの王様は頭は悪くないと思っていたが、実は馬鹿なのだろうか。
「まあ、こんな呪われてるって有名なとこ誰も近づこうとなんてしないか。
ルーファス公爵は特にな。
別になんもないけどな、長閑でいいとこだと思うぞ俺は」
「当たり前だ。
呪いなんて不幸な偶然が重なったに過ぎん。
ここに住む領民にはなんの罪もないのだ。
長年ぬ空席だった席を預かった以上彼らの暮らしをより良いものにしていかなければならない」
「……いやあ、それは結構なことだけどさ、ルーファス公爵もそりゃ近づけないだろうけどアルトステラ嬢だって同じだろ。
ここの領主でいる以上、エルが彼女と結ばれることなんてありえないだろう?分かってる?」
やれやれとそういった俺にエルはとても怪訝そうな顔を向けた。
え、そんな顔されるようなことを言ったか?俺。
「ジーク、お前さっきから何を言っているんだ?」
なぜ、アルトステラ嬢と俺が結ばれるとか結ばれないとかそんな話になるんだ。
と、興味無さそうに書類へと視線を戻したエルに頭を抱えたくなる。
ほら、これだよ。
何回俺の心を折る気だ。
きっと、大抵の人はこのなんとも思ってなさそうな態度を見て、え?そうなの?ごめん、俺の勘違いかあ…あははは、と騙されるんだろう。
そりゃそうだ。本人さえ分かっていないんだからな。演技とかそういう問題じゃなく、本当にただただ、分かっていない。
恐らく、これはきっと自他ともに認めるところであるがエルと1番長く1番そばにいた俺的には悩ましいことだ。
一応、主人であり、友であり、世話の焼ける弟のようなこいつには、出来ることなら己の幸せも掴んでほしいし、大分自分勝手にではあるが自分を犠牲にしてにきた分のほんの少しでも報われてほしいと思う。
……ただ、それを肝心の本人にどう分からせるかが相当難しいんだよな。
大概、俺も自分勝手なもんだ、と皮肉に笑うとエルがちょっと引いた顔をした。
「じゃあお前は本当にアルトステラ嬢があの弟と結婚したりしてもいいわけだ。
王都で生活するか、ここで生活するか分からないけど2人の仲睦まじい姿をこのまま見ていられるってわけだな」
再び書類から視線をあげくらい瞳で俺を見つめるその顔をいま鏡で見ろ。
まさに相手を呪い殺しそうな顔してるから!
「そんな事はありえない。
なぜわざわざルーファス公爵が自らが近寄れない地の隣の領地を選んだと思っているんだ。
アルテンリッヒからアルトステラ嬢を引き離すためだ」
まあ、意味はなかったようだがな。
あいつの執着心は恐ろしいものがある。
と暗い目を光らせてそう続けたうちの王様。はぁ。
……いや、あの腹黒弟もお前にだけは言われたくないと思う。
むしろ、表に出している分向こうの方が可愛げがあるぞ。
「だから、そういう事じゃないんだよな…あーー、じゃあ、俺がアルトステラ嬢と、結婚…」
してもいいのか?と言いかけたけれどその言葉は俺の顔スレスレを通りガスっと壁に刺さってゆっくりと下に落ちた羽ペンに遮られた。
あまりのことに何が起きたのか分からなかったが頬に瞬間、ものすごい風を感じたこととエルの顔面が大変なことになっているのは紛うことなき事実であるらしい。
…おいおい、嘘だろ……俺、一応一国の王子の護衛騎士を務めてたんだけど…。
ていうか、こいつに護衛付ける必要、ある?
落ちた羽ペンのひしゃげたペン先を呆然と見ていたところで、すまない、手が滑ったとエルの声がした。
どんな手の滑り方だ。
手に油でも塗っているのかお前は。
「……結婚する気か?」
「………そんなわけないだろ!例えばの話だばか!」
叫んでは見たが、尚も疑いの眼差しを向けるアメジストに嫌気がさす。
そこまでして、なんで気が付かないんだ。
「なんでそんな人を呪い殺しそうな顔になるのか、なんでそんなイライラするのかちゃんと考えろ!ばか!」
俺はもう知らん!と
捨て台詞を吐いて執務室を飛び出した。
いや、いっっつもこう思ってる気がするけど…なんだかなぁ。
だってこっちがモヤモヤするんだよ。
あいつ気づいた時には絶対後悔するし。
……あ、ヴィクトレイク陛下からの手紙、渡すの忘れてたわ。
もう、いいや、別に。後で持っていこう。




