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噂によるとどうやら彼はクズらしい。(web版)  作者: 紺野
噂によるとどうやら彼はクズらしい
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6


………結論から言うと、もちろん気のせいではなかった。






イゾルテの短い夏が終わって収穫に入る前のつかの間の落ち着いた時期にハーディスト領からの遣いとしてジーク様がやってきた。


ちょうど午前中に仕事が漸く一段落して庭の小さな菜園に水をあげていた時のこと。



「おー!これはこれはアルトステラ嬢!」


「まあ…貴方は……もしかしてジーク様?ごきげんよう。

お久しぶりですわね」


「ごきげんよう、アルトステラ嬢。

何度もイゾルテ邸にはお邪魔してるんだけどな、うちの王様の使いっ走りでさ。

会うのは初めてだな」


王様とはエル様のことだろうか、確かにエル様がハーディストにきて5ヶ月が経つが何故だかジーク様に遭遇したことは1度もない。

わたし以外の者は幾度となく会っているらしいから話にはよく聞いていたのだけれど。



大げさな身振りで目を細めたジーク様は、待てよ…これもあいつの計算か?…気持ち悪っ!と身震いをした。


「…あいつ?」


「いんや、なんでもない、ない。

それより、外に出ているなんて珍しいんじゃないか?」


「そんなことないですわ。お昼過ぎまでは邸の中に篭っていることが多いのですけれどお仕事が片付いた午後はたまに庭に出ることもありますのよ。

今日はようやく領地の仕事が落ち着きましたので」



「………ほーおん、だーからいつも朝イチね…はいはい。」


「…ジーク様?」


オレンジがかった短髪が晩夏の日差しでキラキラと輝いている。

彼はニヤリと榛色の瞳に怪しい笑みを浮かべながらがしがしと頭をかいた。



「いやいや、こっちの話ー。

まあ、いつもうちの王様が迷惑かけてごめんな」



あいつ、変だろ?と同意を求めてきたジーク様のあまりの自然さに「はい、ちょっと…」と言いかけて慌てて口を抑えた。


「ははは!いーよいーよ、あいつ変だもん。付き合ってやれるのなんて俺くらいしかいねーよ、ほんと」


やれやれと頭をふるジーク様にわたしは思わず吹き出してしまう。


エル様が変だなんて、そんな……ちょっと分かります。



エル様が王子時代、ジーク様は護衛騎士として城でも、学園でも、その他でも常に1番近くにいた。


その時はもちろんエル様が今のように気軽に会話をすることなんてないわけで、当然ジーク様も護衛騎士らしくキリッとした端正な顔をピクリともさせずに職務にあたっていたというのに。


まさか彼がこんなに良く話す方だとは……。

かなり衝撃的であるが、快活そうなその見た目と今の彼はとても自然に見える。


朗らかに笑うジーク様につられてくすくすと笑うわたしを気がつくと彼は目を丸くしてでまじまじと見ていた。

近頃こうして笑顔を凝視されることが多いような気もするが、あれ以来変な癖でもついてしまったのだろうか…。

とか、一瞬考えたりもしたけれど、それはどうやら杞憂だったらしい。




「…アルトステラ嬢……あんたも変わったな」




「…そうでしょうか」





「少なくとも、そういうふうに笑う人じゃなかっただろ」





「そういう、貴方もこんな気さくにお話される方だとは思っていませんでしたわ」




「そりゃあさ、だってお仕事だからさ。

……あ、そうそう、お仕事といえばそうだった。忘れてた。




白いシャツの胸元をごそごそと漁り、取り出した封筒を笑顔で差し出してきた。



「うちの王様が明日とかどうですかってさ」



見慣れたハーディストの封蝋の押されたそれを受け取り、え、と小さく音を漏らすとジーク様は仕事、落ち着いたんだろ?と榛色の瞳を細めた。


一段落したその日にやってくるなんて、まるで分かっているかのようである。

目の前でニヤニヤする青年にも黒髪の青年にもなんだか寒気がする。


やはり、あの日、わたしがうっかり了承したあの話は現実だったらしい。

……ああ、そんな。




「あ、やばい、ナイトに気付かれちまった。」


遠い目をしているだろうわたしの隣で、うわぁーとげんなりした声を上げるジーク様の視線を追っていくと、大股で近づいてくるリヒテンが見えた。

あ、なんか、なんか、よくわからないけど、怒ってる…

なんだか、とても怒っている…



濃いブルーの瞳は感情をなくしたように光がなく、口の端が若干上がっているのがとても奇妙で不気味で恐ろしい。

あれは怒っている時のリヒテンである。



「はやく、はやく、返事は?」



「え、ええっと、い、今じゃないとダメでしょうか」


「どう見ても今じゃないとダメだろ。

見てよほら、あの顔、やばくない?怖いって、何?今から人殺すの?」


「い、いやいやいや」


「な、頼むよう、うちの王様今浮かれきってるから。かわいそうだから!

人助けだと思ってさ!俺を助けると思って!お願い!」



はやくはやく、お願いお願いと必死に急かされて、思わず焦ってこくこく頷くと彼はリヒテンが近づく前にさっと離れる。


身を翻したジーク様がうおっこわっ!と声を上げてリヒテンは黒い笑顔でニコリと笑った。うん、怖い。


「じゃーね、お姫様!本当にありがとう!またな」



「…姉さん?何を話していたんですか?」



「り、リヒテン…?貴方、か、可愛い顔が…台無しよ?」


「姉さん?何を話していたんですかって聞いたんですよ」





ちょっと、ジーク様、これどうするんですか?




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