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「すまない、都合が悪かっただろうか?」
「いいえ、そんなことないですわ」
ただ、今会いたくない方ランキング2位も3位もなくぶっちぎりの1位が貴方だというだけで。
小さく聞こえないくらいに息をついた筈だったが、彼はわたしのため息を見逃さなかったようで申し訳なさそうに眉を下げた。
慌てて否定をしたものの彼の表情は変わらない。
ここへきてから出会ったエル様は意外と表情が豊かである。
表情筋が凝り固まっているのよとフローラに言われていた王子時代とは大変な違いだ。
これが彼の本当の姿なのだろうか、それともまたこれも彼の作られた姿なのだろうか。
「では、どこか具合でも?」
「いいえ、エル様。
なんでもないのです。ご心配をおかけしてしまい申し訳ございません」
椅子から立ち上がったわたしがどうにか笑顔を繕って礼をしながら言った言葉を聞いてもなお、彼はどこか納得していないようだった。
顔を上げたらアメジストにまっすぐ射抜かれていることだろうと思うとなかなか顔を上げられない。
だっていったいどんな顔で彼と会えばいいと言うのだ。
どんな話をしろと?
やっとのことで笑顔を貼り付けて顔を上げると彼は片眉を一瞬動かして見せた。
そんなに大変な顔をしているだろうか。
笑顔がひきつりにひきつっているのかもしれない。
ああ、どうしよう。
いや、でもこれが今のわたしの精一杯である。
ごめんなさい、わたしに貴族令嬢の何たるやを叩き込んだ幼き日の教師達。
「……今日は、領内の話ではなく、貴方がどうも元気がないようだと聞いてな。
様子を見にきたのだ」
「まあ…お忙しい中ありがとうございます。」
……誰に聞いたのだろう。
クロードにですか?と聞いたら彼は否定するでも肯定するでもなくやんわりと首をかしげて微笑を浮かべた。
え、え?いったい誰に聞いたの?
「まあ、とある筋だ。
ところでアルテンリッヒがきていると聞いたが」
だから、誰に聞いたのだろうか。
とある筋って、いったいどんな筋なの?
なんだかもやもやしながら、どなたにお聞きになりましたの?と聞いたらまたはぐらかされた。
「……アルテンリッヒは領内の視察に行っております」
「貴方は行かないのか?」
なぜ、わたしに外出許可がおりていることを知っているのか、とまたもや思ったがとりあえずは気にしないことにしよう。
もともと、わたしが外出を制限されているということを知らないのかもしれないし。
……いや、ない、やっぱりそれはない。
「弟に何か用がおありですか?」
「…………いや。彼に要はない」
「そうですか…わたくしはこの通り元気ですわ。
近ごろ少し忙しくて疲れていたのかもしれません。
ご心配をおかけしたようで申し訳ございませんでした。」
出来るだけ自然な笑顔でそう返したつもりだが成功したかどうか。
その証拠に彼のアメジストは未だ訝しむようにわたしを真っ直ぐに見つめている。
そんな風にじっと見つめられると落ち着かないし、変に緊張してしまうからやめて欲しい。
中途半端に目をそらすことも出来なくなったわたしはそのアメジストを微笑みながら見つめ返し、口の端がひくひくしてきたところでエル様はようやく目を閉じた。
「…わかった。
そういうことにしておこう、なにを聞いたかは知らないがあまり思い詰めるものではないと思うぞ」
ぎくりともしかしたらわたしは飛び上がってしまっていたかもしれない。
優しい眼差しで言われた言葉はまるでここ数日の一切を知っているかのようだった。
ぎくしゃくとどうにか、ええ、ありがとうございますと言葉を返すことができたのは奇跡である。
心臓がどくどくと跳ねる。
このたかだか5歩ほど、先にいる彼にこの音が聞こえてしまっているのではと思うと気が気でないが、彼はわたしの様子など素知らぬように口を開いた。
何か笑顔で話をされて、わたしは咄嗟に裏返った声で元気よく、はい!と返してしまったけれど、あれ…。
満足そうに優しく微笑んで、今日もやはり完璧な礼をして去っていくエル様の言葉をゆっくりと繰り返してみる。
あれ、わたしは、何と言われて、なんと返したの………?
「領地のことが落ち着いたら、一緒に散歩にでも出かけてみないか」
「はい!」
……………いや。
ない、ない。そんなはずがないわ。
気のせいよ!そうよ、きっと気のせいに違いない!




