公爵令嬢の戸惑。
リヒテンは話終えると息をついて、僕が知っているのはだいたいこんなところです。と話を終えたけれど、わたしはもうずっと唖然としていた。
リヒテンの話によるとエル様はわたしを生かすために自分を犠牲にしていたように聞こえてしまう。
自意識過剰なのかもしれないけれど、どうしてもそう思えてしまうのだ。
なんで、どうしてと頭の中は疑問だらけでうまく考えがまとまらない。
だって、エル様はわたしのことを嫌っていたはずだもの。
あの憎々しげな表情と突き放すような態度は忘ようがない。
それとも、あれさえもフィルメリア様からわたしを守るための演技だったというの?
だとしたらいったいなぜ?
わたしが曲がりなりにも婚約者だったから?
幼馴染として情をかけてくれていたの?
そんな理由で自分を犠牲にされるなんてあまりにも出来すぎている。
では、わたしがルーファス公爵家の娘だから…?
王族として余計な争いの火種にならないよう、貴族のパワーバランスを崩さないように?
そう考えるのが1番現実的だ。
そう、きっと王族として自分を犠牲にしてまで守らなければならなかったからわたしのことが憎かったのだ。
彼は優秀と謳われたエルレイン様、そして第2王子だ。
馬鹿でないししょうもない理由で自分の身を危険に晒すほど暇ではないはずである。
だってリヒテンの話を聞く限り、わたしが王室の茶会で最初に毒を盛られた時に呆気なく死んでいたらそれで済んでいた話なのである。
わたしが公爵家の娘だったから、そしてルーファス家の娘だったから。
そのせいで彼は自らを犠牲にするほかなかった。
エル様の未来はわたしが生き延びたからこそ変わってしまったらしい。
彼が勝手にやったことだと知らぬ存ぜぬと言ってしまうのは簡単だけれど、国のためだと言われればそれはきっとそれは必要なことだったのだろう。
わたしはわたしである前にルーファス公爵家の人間なのだから、わたしの生には少なからず役割があって責任がある。
そしてなにより、簡単に流せるほど軽い話ではない。
「それから姉さん、これをお父様から預かってきました。
内容は知りませんがこのタイミングで渡すものですからね。」
リヒテンが差し出したそれは封筒だった。
ルーファス家の封蝋のついたそれは何も書いていない。
毎週手紙のやり取りをしているお父様からわざわざ手渡しで手紙?
「ハーディスト伯爵は姉さんに一生この話をする気はないようでしたから、あなたが気に病むというなら忘れてもいいと思いますよ。
確かにハーディスト伯爵により姉さんは守られていたようですが、他にやりようはあったのかもしれません。
ハーディスト伯爵がひとりで勝手にしてきたことです。」
じゃあ、僕はさすがにちよっと休んできます。
リヒテンはそういって立ち上がると部屋を出ていってしまった。
リヒテンを見送ってからわたしは震える手で封を切る。
もう訳が分からない。
エル様に生かされていたわたしはつまり、彼の自由を犠牲に何も知らずにのほほんとそんな彼を知ろうともせず過ごしてきたということなのか。
バンスの言っていた人物のことが漸くわかった気がした。




