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ここまで、あ、とか、それは、とか声を発しかけては僕に遮られてきた姉さんを笑顔で見つめると彼女は思いっきり顔を逸らした。
どう考えても確信犯。
あとで問い詰めてあげますよ。
びくりと肩を揺らした姉さんにもう一度微笑んで僕は続けた。
「それでですね、ハーディスト伯爵はもともと王になる気は無かったそうです。
ヴィクトレイク様こそが王となるに足り得ると。
それに、ヴィクトレイク様が王位を継げなかった場合大変微妙なお立場になられることも危惧されておりました。
あのお二人が仲が良かったなんて知らなかったですけど」
「確かにあのお二人の兄弟仲は悪くなかったと思うわ。昔のエル様は割と気難しく見えたけれど、ヴィクトレイク様は反対にとても気安い方ですもの」
ハーディスト伯爵の兄であるヴィクトレイク様は飄々としているというか、王族とは思えない程にフレンドリーな方だと有名だ。
僕はあまり話したことはないけど。
そんなことより、エル様はそんな風に考えてらしたのね…と真剣な面持ちで呟く姉さんには悪いが、そのハーディスト伯爵の言い回しは実はただしくない。
本当のところはこうである。
「俺は民かアルトステラ嬢か選べといわれる局面にたてば迷わずアルトステラ嬢を選ぶ。
そんな者が王になるなんて有り得ない。
分かるであろう、俺のような者が王になるべきではない。
幸い、俺とは違いヴィクターには理想があり、思想があり、国と民への忠誠心がある。
奴そこが王となるに相応しいと物心ついた頃から思っているからな、今までヴィクターを王座に座らせる為に手回しをしてきた。 」
その後、大分固まったままであった僕らを代表してようやくフローレンス嬢が「あなたステラのこと好きだったの?」と悲鳴とも取れるような声を上げた。
「好き?好きとかそんなのではないが、守りたいとは思っている。
もし、どうにもならない時は仕方が無いな。ヴィクターには悪いがフィルメリア様も始末するまでだな。
あの方は本当に小心者であるから、ヴィクターや俺が何を言っても納得してくれないのだ。面倒くさい。
俺の母は自分のプライドと威厳を保つために必死であるし、全く頼りにならないのでな。
正妃の子である俺の方が後ろ盾がないとはまったくもっておかしな話だ」
事も無げにさらっとそう言ってはははと笑う殿下相手に僕達の顔色は急降下した。
僕のここで心底殿下のことを気持ち悪いと思った。
まあとにかく、そんなことを敢えて姉さんに聞かせる義理もないわけだ。
「殿下の望みはヴィクトレイク様が王位を継ぐこと、そして、姉さんがフィルメリアに殺されないこと。大きくはこの2つだったらしいですよ」
溜息をつきながら姉さんを見ると姉さんはまるで絵に書いたように唖然としていた。
言葉が出ないらしいわなわなと動く口元に苦笑がこぼれる。
すごくわかります。僕もそうでしたから。
話が壮大すぎてわけわからなくなりましたから。
あと殿下の得体の知れない気持ち悪さにゾワッとしましたね。
「ちょ、ちょっと待って、リヒテン。
アンナ嬢は…アンナ・ロデライ様はどうなったの?彼は彼女のことが好きだったはずよ。
あの子のために動いていたのではなかったの?
それに城も学園も殿下のせいで当時荒れたのでは?」
ああ、そうでしたね。
すっかり忘れていました。
話の本筋はそのへんだったのに。
殿下のお言葉をそのままお伝えするとすればこうです。
「アンナ・ロデライ嬢?ああ、あれはフィルメリア様の子飼いかと思って泳がせていたが、なんてことは無いただの小物だった」
数分を要した末に「はい?」と素頓狂な返事を寄越した姉さんにわかりますわかりますと頷いて続きを伝える。
ロデライ家はフィルメリア様の実家と遠い親戚筋にあたる家系です。
その娘が近付いてきたから殿下は曖昧な距離を保って観察していたそうです。
なにか動きがあれば始末できるよう監視しながら1番近くで。
常にそばにいるようになった殿下を周りは勘違いしだすようになりました。
それもそうでしょう。今まで婚約者候補である姉さんたちだって寄せ付けなかったのですから。
そして同じく勘違いしたあの御三方が行動に移しそれを知った殿下は都合が良いと黙認し婚約破棄に至ったわけです。
結局ただ殿下とその地位に目が眩んだだけの娘だったそうですが。
あの噂については殿下自身と父公爵が積極的にばら蒔いたもので単なる噂にすぎません。
実際アンナ嬢は調子に乗りまくっていたそうですけど、その尻拭いはきちんとお二人がしています。
確かに噂は大変大きくなりましたが、実害がないためほとんどの方はさして気にしていません。
その後エスカレートしたアンナ嬢が婚約者にと騒ぎ立てだし、ならば、と王妃教育を受けさせたところ数日で精神を病んだそうです。
いつの間にかいなくなったと思っていたら実家に引きこもって療養していたらしいですね
損をしたのはアンナ嬢と今までの栄誉を無くしクズのレッテルを貼られることになった殿下のみです。
「まって、どうしてわざわざそんなことをする必要があるの?
わたしと婚約破棄をするのが目的だというのならそんな事しなくてもいいはずだわ」
信じられないのか信じたくないのか、青い顔で瞳を彷徨わせる姉さんに僕はため息をついた。
気持ちは痛いほど分かりますよ。
ですが、これが真実です。
「分かりませんか?姉さん。
婚約破棄で貴方に付いた悪評から目を逸らさせる為ですよ」
本当に気持ち悪いですよね。あの人。




