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ひきつづきリヒテンくんの回想です
それから王都に戻った僕は違和感を感じました。
たった数日で王子のクズな噂は縮小していきアンナ嬢の所業も目立たなくなっていったのです。
そうして数カ月をかけて緩やかに過去のことへとなっていきました。
そしてなにより、嫉妬に狂って殿下はの想い人に酷いことをして追放された悪女……つまり姉さんですね。
姉さんの評判がいつの間にかすっかり変わっていたのです。
ダメな王子に振り回された哀れな令嬢に。
ことのあまりの速さと、滑らかさにおかしいと思ったのは僕だけではありませんでした。
姉さんのご友人の御三方ですね、彼女達と僕は学園で殿下を捕まえて問いただそうとしました。
だって気がついたらもうアンナ嬢なんてどこにもいなかったんです。
残ったのは、殿下ってクズらしいよ、くらいの噂程度で。
アンナ嬢のことを生徒に聞くと必ず、ああ、そういえばそんな子だったね、のような返事が返ってくるのです。
殿下はあっさり捕まりました。
まるで待っていたかのように。
何をどう問うべきか分からず一体何をしたのだと聞くフローレンス嬢に殿下は薄く笑いました。
「さすがはそなたらだな」
それから淡々と彼は話だしました。
「元々なんらかの方法で婚約は解消するつもりだった。
図らずもそなたらが何か画策していた事に気が付いたから乗っかっただけだ。」
「気づいていましたの?」
「気づかぬとでも思ったのか?まあ面白い策だとは思ったな。
俺にとっても都合の良い話だ」
穏やかに微笑みながら話す殿下はここ最近のクズ殿下とはまるで別人で、けれどかつて完璧な王子だと謳われた彼ともどこか違う気がして。
僕はあっという間に混乱のさなかでした。
「得体は知れないけれど馬鹿ではないと思っていましたが、やはりなにか企んでおられたのですわね」
「貴方にそう思われているとは、光栄だな」
「……エレナ、この人、だれ?」
「馬鹿ですね、アイシャ。どう見てもエルレイン殿下に似た人ですわ」
「この方生き別れの兄弟とかじゃないのかしら」
ははっと声を上げて笑った殿下にぎょっとした僕達に気を悪くした様子もなく殿下はまた笑いました。
「漸く片がつく。
もうそなたらに偽る必要もなくなりそうだ。
……ただし、そなたらがこちらの言うように動いてくれるのであれば、な」
「それに応じないとしたらどうするのですか」
「動かせるまでだな、別に俺はどちらとも構わないが」
にやりと不敵に笑う殿下を僕ははじめて見ました。
フローレンス嬢の、話を聞いてから決めても?と問いに殿下は笑顔で答えてゆっくりと口を開きます。
「このまま俺とアルトステラ嬢が婚約したままだとうっかり王妃になってしまう前に彼女は殺される。
考えてもみてくれ、正妃の子の俺と貴族筆頭のルーファス公爵家の娘を押し上げないわけがなかろう。
そうなればいくら優秀といえどもヴィクターの立場は危うい。
フィルメリア様が黙っているわけがない。
俺はできるなら無用な争いは避けたい。
傀儡の王を立てるために内乱が起き民が傷付き国が荒れるなど笑えないからな」
僕達は予想外の壮大な話に唖然としました。
……国?内乱?………姉さんが殺される?有り得ないですよね。考えられないですよね。
そりゃ頭が湧いているのかこの王子はと思いましたよ。
有り得ないと思いました。
そんな話全く聞いたこともありませんでしたし。
「有り得ないと思うか?
今までは、そしてまだ今は、フィルメリア様の殺意の対象は第2王子である俺だ。
いままでは全部俺が相手をしてきたからな。
暗殺ばかりだと処理が楽でいい。
彼女はその……正直あまり頭が良くないらしいからな。
優秀だと持て囃されて注目されているうちは俺を攻撃してくる。
それは構わないんだが、フィルメリア様にとっての脅威はルーファス家のアルトステラ嬢になりつつある。
そりゃ俺と結託されたら相当な脅威だろう。
現に婚約が正式に決まってから3度アルトステラ嬢が倒れたことがあったな。
あれはフィルメリア様の子飼いによる仕業であるが、彼女は家族には話していないだろう?」
そうであろう、アルテンリッヒ。
と僕にほの暗い色の浮かぶアメジストを向けて王子はいったのです。
その通りでした。
僕ははじめてそれを聞いて驚愕しました。
僕だけ知らなかったのでしょうか?お父様はご存知だったのでしょうか?
それについては姉さん、あとで話があります。
たしかに倒れたことがありましたね、長いこと部屋にこもって隔離されてたかと思えば…よもやそんなことになっていようとは。




