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リヒテンくんの回想です
まず、僕はかつてそうですね…あの婚約破棄騒ぎがあるまでエルレイン元殿下…ハーディスト伯爵のことを完璧な王子だと思っていました。
というか大抵の国民はそう思っていたと思いますよ。
少なくとも既に王位の継承が決まりかけていたヴィクトレイク殿下の地位が揺らぐくらいには。
それから、完璧なのは姉さんも同じでした。
僕が出会った時ただ優しく、たまにお転婆で面倒見のいい子供だった貴方はみるみる理想の王妃候補になっていきました。
婚約者に決まってからは特に顕著でしたね。
隙はまったくなく、人間味がなかったです。
そうでいなければいけなかったのでしょうけど。
常に微笑みながら余裕で王妃教育やら公爵家令嬢としての責務を果たし領地を回っては直に人々と会話をする。
その合間には公爵家に馴染めず貴族社会からも爪弾きにされていた僕の面倒を見て、弱音も一切はかないし逃げることもしない。
この人いつ寝てるんだろうとよく思ってたんですよ僕。
ただ優しく笑ってハーディスト伯爵のそばに立つ貴方は公爵令嬢として、第2王子の婚約者としてハーディスト伯爵と共に完璧でした。
貴方は殿下に嫌われていたからと以前仰っていましたが、公でそんな素振りまったくなかったですね。
貴方がた2人の姿絵が描かれた商品が市井でどれ程人気があるか知らなかったでしょう?
それだけエルレイン殿下とアルトステラ様は憧れられていたのですよ。
ですが、殿下は徐々にアンナ・ロデライ男爵令嬢に懸想しだし、言われなき罪を被せて貴方を断罪しました。
婚約破棄された上にイゾルテに飛ばされたことに僕は怒りを覚えました。
それでも姉さんは納得しているようだったし、お父様も大変お怒りだったので、なにか行動されるおつもりだと思って黙っていました。
しかし、何も事が起きないまま時が過ぎあの御三方が姉さんに会いにきましたね。
紛うことなき冤罪であったと聞いて僕はその、足でお父様に直談判しにいきました。
そしたらお父様は事も無げに言ったのです。
「そんなことは分かっている。
しかしあれは今王都にいるべきではない」
は?と間抜けな声を出す僕にお父様は今、いかに殿下が残念なことになっているか説きました。
ええ、それはもうべらべらと。
あのお父様がですよ?
城ではこうだとか、学園ではこうらしいとかどこどこの貴族がこんなめにあってどうとか、どうのこうの。
今思えばあの冷静沈着なお父様が人の噂など確証のないものを饒舌に語っているのがおかしいのですが、その時は僕も割と戸惑っていましたからね。
まあその時は半信半疑だったんです。
そのうちお父様について城に上がることも増え殿下にお会いする機会がありました。
僕は処罰を覚悟で殿下に問いました。
なぜ、婚約破棄をしたのか、噂は本当のことなのかと。
彼は言いました。僕とお父様の目の前で。
「噂?愚民共が語ることなど知らん。
婚約…ああ、あれはそなたの姉だったか。そのようなもの誰でも同じだ。
アンナ以外は目に入らぬ」
ああ、もう本当にこの人はクズだと思いました。
だめだなこいつ、この国はもう終わりだなと。
かつて少しでも尊敬していた自分を恥じました。
学園でも実際、男爵令嬢はやりたい放題でしたし殿下の評判はああ、エルレイン殿下ね…と嘲笑されるようなものでしたので。
それで約ひと月のあいだ仕事や勉強をしながらたくさんの悪評を聞きました。
……主にお父様からですけど。
それで王都のタウンハウスを拠点にしてイゾルテ行きを制限された僕は最後にイゾルテに滞在することを3日だけ許されて、姉さんにこの話をしたわけです。
この時点で僕の中での殿下はもうクズの中のクズでしたね。




