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「それでお嬢様、なにか進展しましたか?」
「お前なあ…」
「一体、どう進展するっていうの」
エル様がハーディストにきてもうすぐ一月が経つ。
ここ最近、かなりの頻度でイゾルテの邸に通うエル様にマリーだけはなぜか浮き足立っていた。
ハーディスト領の管理がなくなると当然ながら自由な時間が増える。
自由な時間といえば聞こえはいいが、ようは暇である。
王都にいたころ王妃教育に忙殺されていたわたしはその時間の使い方があまり分からず邸内をうろうろと彷徨いていたところ、見かねたトレイシーには刺繍を勧められて呆れ顔のバンスにはお菓子作りを勧められた。
そんなこんなでオレンジのジャムとパイ作りに参加させていただいている所にいつの間にかマリーが混ざっていた。
楽しそうに喋り倒す無邪気な彼女の仕事は大丈夫なのだろうか。
とちらりと過ぎったが、まあ大丈夫でなければトレイシーが乗り込んでくるだろうと気にしないことにした。
「だって、絶対ハーディスト伯爵、お嬢様のこと好きじゃないですか!」
「がふっっ」
バンっと作業台に手をついたマリーは台に敷かれていた薄力粉を舞い上がらせてバンスの器官を刺激した模様である。
咳き込みながらくしゃみをする器用な彼に目もくれずマリーは胸を張った。
「マリー!お前、何言ってるんだ!あとここでは慎重に行動しろと何度も言ってるだろうが」
怒鳴るバンスにひっと悲鳴を漏らしたマリーは短く謝ってすぐにわたしに向き直った。
「ね?!そうですよね!」
楽しそうに目をキラキラさせる彼女には悪いが、期待には答えられそうにない。
エル様が通っておられるのは一重に領地運営のことに他ならないし、用事が終わるとお茶も飲まずにさっさと帰ってしまわれる。
領地以外の話といえば、
この間いただいたお菓子美味しかったです。そうか口にあったようで良かった。
くらいである。
最近ではクロードさえ、立ち会わずに出ていくし(ただし、扉はこれでもかという程に全開)トレイシーは威嚇し続けるのに疲れたのか存在を気にしないようにしている模様である。
邸はエル様を受け入れる…訳ではなさそうだけれど少なくとも慣れてはいる。
「あのね、マリー。
あなたも知っていると思うけれど彼には恋人がいるのよ。
だからわたしと婚約を解消したの」
「えーー、でもマリーはあの目は恋する男性の目だと思うのです」
「お前〝恋する男性の目〟っつうのを見たことがあるのか」
バンスが呆れたような白けたような目を向けるとマリーは目をきらきらと煌めかせた。
「はい!!街の魚屋の息子さんはなんだぎらぎらした血走った目ではす向かいの小料理屋のお姉さんを見ています!こう、胸が大きくて…とても綺麗なんですけど、あれと似ていますね!」
………ええ?
こんな感じでこのくらい胸があってとジェスチャーをするマリーをバンスもなんだか微妙な顔でみていたが、わたしもそれはなんか違うと思うの。
というか、エル様ってそんな目をしているかしら。
…いや、してない。
マリー、あなたには一体何が見えているの。
「あとは、アルテンリッヒ様ですね!」
「え!リヒテンもそんな目を!?」
ついつい声を荒らげたわたしにマリーはにんまりした。
あの涼しい目元がチャームポイントのリヒテンがいつの間にかぎらぎらと血走った目をするようになったというの?!
いやだ、想像出来ない、想像したくない。
でも、確かに彼ももう16。
好きな人のひとりやふたりいるのかもしれないけれど。
一体誰なのだろう。
とりあえずマリーやトレイシーに向けてそんな瞳を向けていることはないとして。というか、この邸以外であればわたしは知る余地がない。
でもマリーが知っているということは学園や王都でなくイゾルテのどなたかである可能性が高い。
まあ、本当にマリーのいうそれが恋する男性の目だと言うのかわからないけれど。
ひとまずわたしは見たことがないけれど。
「ふふん、お嬢様ったらダメですねえ〜アルテンリッヒ様はぶふぉっ」
「よーうし、お嬢様そろそろ休憩にしましょうか。マリー茶入れてこい。
あの新しい茶葉つかっていいから、ちょっと取ってこい!」
マリーの口を唐突にその太い腕で塞いだバンスからやっとの事で逃げ出したマリーが何するんですか!と非難の声を上げたところでバンスが顎をあげて扉の外を指す。
「えっ!あの、高いから絶対触っちゃダメって言われてたあれですか!私も飲んでいいんですか?いきます!いきます!とってきます!
で、どこにあるんですか」
「あー、あっちだ」
僅かに口ごもりながらあっち、と指さしたのは洗濯室のある方向だけれど、奥の倉庫にでもあるのだろうか。
マリーはスキップして飛び出して行った。




