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「で?お前イゾルテでなにした」
「なに?隣に越してきた挨拶とこれから領主として助力を頼めるかの相談くらいだが」
ようやく手を止めて両腕を伸ばしたエルは椅子に座りながらしごく不思議そうな顔でこちらを見上げてくる。
ああ、そうですか。
では終わらない。そんだけなわけが無い。
こいつとは長ーーい付き合いであるがそんな俺だからこそ分かることがある。
優秀で頭の回転がよく真面目で、冷静。
が彼の王子としての評判であったが、一方で足りないものといえば圧倒的に対人能力である。
愛想良くはできる、しかし言葉が足りない。
そしてその不器用さは理解されないどころか、まず他者に気付かれない。
「アルトステラ嬢には会えたのか?」
恐らく長年共にいる俺くらいでなければ気づかないレベルで1度固まったエルは、ややして肯定した。
俺からしたらこんなにわかり易いのに、なぜ周りが気づかないのか謎なんだけど。
「で?謝罪したんだろう」
「謝罪?………ああ、突然押しかけたことは詫びた。あと、ジークに教えて貰った菓子を渡したのだが、受け取ってもらえた」
あからさまに嬉しそうにするエルにそうかそうかー良かったなー。お前にしてはよくやった、ポイント高いぞー。とか思いながら聞いていて、ふと思い至る。
「………それだけか?」
「それだけだが?」
首を傾げるこの綺麗な顔に1度でいいから拳を叩きつけてみたい。
もう王族ではないし、いいかな?いいかな?
お前にはもっと全身全霊をかけて謝るべきことがあるだろう!
「婚約破棄の事は」
ため息とともに俺の口から吐き出された言葉にエルは苦い顔をした。
それは嫌な思い出だろうな。自業自得なわけだけど。
「あの件に関して、彼女はまだ俺に怒りをぶつけてはいない。あんな理不尽な憂き目に合わされて何も感じていない訳もなかろう。罵詈雑言をぶつけられてしかるべきだ。
俺が謝罪してしまえば、彼女は謝罪を受けてしまうだろう、優しい方だからな。
それまで、俺はまだ許されるわけにはいかない」
うんうん、そうか。
何を言ってるんだこのひとは。
馬鹿なのかな、馬鹿なのかな?
うちの主様は馬鹿なのかな。
しごく真面目な顔つきで凄んだエルに俺は脱力した。
彼の思いもわからんことは無い。
なぜならこの男はくそ真面目で割と融通がきかないのだ。それでも彼なりの誠意がこもっていたりするわけで。
正直、すごいわけがわからないけど。
「そうか、わかった。
で?それを彼女に伝えたのか」
「伝えていない」
「そうか、じゃあ彼女はどうやってお前の思いを知るんだ」
彼はものすごく怪訝そうな顔をして眉をひそめた。
そりゃあ伝えてないだろうなと思ったら伝えていなかった。
エルは人に頼ることを知らないで育った男でその殆どを人に頼らずにここまで来た。
裏で全部自分が動いてなんやかんやしてきたわけだけど、だからこそ人になにかを伝えることが苦手なわけだけど。
さて、アルトステラ嬢はどこまでの事実を知っていて、何を理解していて、どのように認識し、どう思っているのやら。
前途が多難どころか未来に恐怖さえ感じるよ、俺は。




