転職騎士の憂鬱。
「おい、エル。お前なにをしたんだよ。
イゾルテの邸で使用人になんかすごい睨まれんだけど」
あとすごい笑顔で嫌味言われた。
執務室をノックして返事も聞かずに扉を開けると書類を積み上げた合間に黒髪が動く。
王家の証のアメジストはちらりと俺を認めた。
新たに王となられたヴィクトレイク陛下直々の書状とルーファス公爵閣下の手紙、そして陛下の勅令を届けに行ったそんな俺は騎士である。
俺は役人か?伝令か?伝書鳩か?とここ6日間とすこし、王家のやたらと豪華な馬車でとろとろ運ばれる間自問自答をして、うんざりもしたが俺はこれでも第2王子エルレイン殿下の騎士団の一員であった。
ようやく、仕事を終えたかと思ったら当のエルは3日ほど前に既に到着しイゾルテに顔を出したらしい。
それも突然(嫌味っぽくいわれた)。
まあ、そりゃあマナー違反だろうと思ったが、どうやら使用人の1人の怒りはそれだけが起因するところでないのかもう、それはそれは親の敵であるかのごとく睨みつけてきた。
と、なると恐らくこいつがなにかやらかしたに違いない。
もう、何年も何年も使われていないらしいハーディストの邸は申し訳、程度にひっそりと丘の上に立ち、相当ほこりっぽくて、それでも建て直されてからまだ9年だか8年だからしい。確かに古くはない。
ハーディスト領主邸はお世辞にも大きいとは言えない。しかし、快適に住むとなると掃除が大変そうである。
しかも使用人はゼロ。今のところここで過ごす予定の人間はエルと俺のみだ。
執務室だけは割ときれいにされていた。
エルが今日までのあいだに整理したのだろう、本棚がひとつ、書類で埋まっている。
「ああ、ジークか。
お前が使者として遣わされるとは城は相当な人手不足だな。
大変だったな」
「まあな。
陛下も即位されたばかりだし、城中てんてこまいだ。
陛下直々にどうせハーディスト行くならついでにおねがーいって頼まれたら断れねえし。
それにどっかの誰かさんが大公断って誰も貰いたがら無い余った領地だけ貰って田舎に引っ込んだからな。」
「それに関しては王都じゃ手が回らない雑務を引き受けたんだ。文句は言わせん」
「いや、陛下としては優秀で信頼おける弟に側で支えて欲しかったんだろ」
お前ってほんとそういうとこ分かってねーよ。とため息をつくとエルは短く、そうか、と呟いて口元を緩めた。
「しかし、あんなところにいたらいつ、ヴィクターの足を引っ張ることに利用されるかわからないし、フィルメリア様も落ち着かぬだろう。もう、正直勘弁して欲しい」
虚ろな目で書類から視線をあげたエルはそれでも城にいた頃より遥かに顔色がよかった。
「というか、今更だがジーク、お前本当に来たのだな」
「は?」
本当に今更である。
彼はきっちりと結われた長い黒髪を僅かに乱して眉を寄せた。
「既に話したが、俺は王族時代にいただいたものや私物類はすべて手放して財産は殆どないし、お前に払う給金も恐らく大して用意出来ない。
陛下から情で賜った伯爵位は名ばかりのもので、預かった領地はこの北の外れのハーディストだけだ。おまけに呪われているらしい」
何度となく聞いたセリフにはいはいと適当に相槌を打つと、エルはおい、と責めるような視線を送ってくる。
エルは自分の騎士団が解体されるにあたって希望するものには城の近衛騎士団への推薦状を書いていたし、俺にもその話を何度も持ちかけてきた。
大変な出世ではあるが俺はそれを断った。
父も騎士であるうちの家訓は主は己で決めろである。
「そんなもん分かってる。けどお前みたいな馬鹿でも、俺の主はお前だけなんで」
エルはアメジストの瞳を見開いてから、ジークお前阿呆だなと吹き出した。
阿呆はお前の方だこの落ちぶれた残念王……元、王子め。




