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エル様が見えなくなるとトレイシーは早足でどこかへ行ってしまった。
行ってしまったかと思ったらなにか袋をかかえて玄関に撒き散らした。
「なんですか!なんですか!なんですか!あれは!」
激昂するトレイシーらしからぬトレイシーは声高に叫んで振り返ってわたしを視界に収める。
ものすごい迫力である。
神経質そうな顔の一端を担うつり目気味の瞳はもうそれはそれはつり上がっていてひいっと悲鳴が漏れてしまった。
しまった、そういえば、淑女らしからぬ格好だったことを忘れていた。
これはまたお説教コースなのではと身を固くしていると大股で近づいたわりに優しく肩を抱いて邸の中へと導いた。
あんまり酷いと、まあまあとトレイシーをなだめてくれる頼れる旦那様クロードも今回は何故かノータッチで、それどころかわたしに挨拶をひとつして退室してしまうし最早トレイシーの独壇場である。
ええええ……。
「お嬢様!なんなんですか!あの男は!」
………えええええ、そっち?
エプロンの裾でわたしの右手をゴスゴス擦り始めたトレイシーは鼻息荒くまくし立てた
「クズだという噂は聞いておりましたが、本当にクズだとは!
突然やってきたと思ったら浮気の末一方的に婚約破棄をしてお嬢様の未来を奪ったにも関わらず謝罪ひとつないなど…!
しかもたかだか名ばかりの爵位を得ただけの、伯爵の分際で公爵令嬢たるお嬢様にあのように気軽に話しかけた上、あまつさえ勝手に触れて勝手に口付けをして!
あんなのが王族だったなんてこの国はおしまいですわ!」
ふー、ふーと鼻息を荒らげるトレイシーはわたしの手の甲を依然、擦り続けているしとてつもなく痛い。
控えめに訴えてはみたが彼女の耳には届いていないようである。
誰かに助けを求められないだろうかと視線を彷徨わせたところで置物のままのマリーと目が合った。
「マリー!」
「はっ!お嬢様!」
よかった。漸く時が戻った様子の彼女の栗色の瞳が大きく見開かれる。
そう!そうよ、この異常なトレイシーをどうにかして!
視線でそう訴えかけたところで彼女は突然盛大に赤面した。
「王子様、かっこよかったですう〜」
違うーーー!マリー違うのそうじゃないのー!
煽ってどうするのー!
案の定わたしの右手はぎゅっと握りこまれてトレイシーは目から稲妻でも出しそうな顔つきへと変貌した。
「な、なになになに、!トレイシーさん、どうしたんですかっ」
かと思えばつり上がった瞳をマリーに向けて大股で突進していった。
いや、違うくない!マリー、よくやったわ!
結果オーライである。
解放された右手を擦りながら後ずさるわたしに可哀想な生贄マリーの助けを求める視線がつきささる。
ごめんなさい、マリー。
わたしは我が身と我が右手がかわいいのです。
「マリー、あなた、あれのどこがかっこいいと?お嬢様を陥れたあの男のなにがかっこいいと…?!」
「え?え、だってかっこいいものはかっこい、いた、いたただだ、手が、くい込んでます!」
「目をお覚ましなさい!あんなのよりアルテンリッヒお坊ちゃまの方がはるかに素敵ではないですか」
「も、もちろんですぅ、もちろんですぅ!お嬢様ー!」
「ご、ごめんなさい!」
肩を掴まれて揺さぶられるマリーを置いてわたしは階段へと走った。
そんなぁ!と嘆くマリーに、わたくし自室に戻りますわ!と早口で言い捨てて、わたしは逃げた。
マリー、本当に本当に、ごめんなさい…。
でも今のトレイシーはわたしには荷が重いわ。
「トレイシーさん?調理室の塩どこへ持っていったんだ?昼食の用意に間に…うおっ!」
「ば、バンスさん!助けてください」
と、トレイシーさん一体どうしたんだ!という困惑するバンスの声を背に聞きながらわたしはひとり地獄から逃げ出した。
今日は厄日にちがいない。




