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アルトステラ・リンジー・ルーファスとしてのわたしの人生はあの日終わってしまった。
ということは実はなかった。
わたしに下された処罰といえば王立学園の退学と社交界からの無期限の追放のみである。
もちろん公爵家におとがめはない。
第2王子の怒りを買ったにしてはえらく軽いなと拍子抜けもしたけれど、よくよく考えてみれば、わたしの罪らしいものは学園での天と地ほどの差がある令嬢への嫌がらせくらいのものである。
その中でアンナ嬢が何者かに押され階段から転がり落ちて軽傷を負ったものがあり、それがきっかけであの公開処刑さわぎがあったわけだけれど、それについてだけは目撃者もおらず、証言者としてあの場にいたあの子達もなんの事やらと首をかしげた模様。
つまりはアンナ嬢がひとりで騒いでいたこともついでとばかりに一緒くたにし、わたしのせいということにして方方をおさめたのだ。
まあ、そんなこんなでいくら王子の恋人だからといってたかだか男爵令嬢をかばって筆頭貴族の公爵令嬢を厳罰に処すことは厳しい。
それどころかそもそも政略結婚の色が強い婚約者がいながら恋人をつくりあんな騒ぎを起こした挙句、罰せねばいけないような状況を作ってしまったことにあまつさえ陛下は詫びたらしい。
誰にって?わたしの怒れる父、つまりルーファス公爵に。
当の私はと言うと、いとも簡単にそんな稚拙な罠にはまりあんな状況を作られてしまったこと、殿下との歩み寄りを怠っていたこと、そして反論しなかったことを酷く叱られた。
誰にって?それはもちろんわたしの怒れる父に。
当然の叱責を大人しく半日ほど聞いていたところで、まあまあと父を宥めにあの恐怖の書斎に入ってきてくれた愛する弟には感謝してもしきれない。
父の怒りが幾らか収まって、しかしやはり王子に婚約破棄を言い渡された体裁の悪いわたしが公爵家の持つ1番端の領地に送られることになり馬車に揺られることになったのは、その2日後である。
その車内で、なんやかんやと理由をつけて父を説得し着いてきた弟はクマの浮かぶ顔で言った。
「でも、姉さん、なんで反論しなかったのですか?
ともすれば逆に優位にたてる状況だったのでは?」
「だってね、リヒテン。面倒くさかったの。
それにわたしは王妃になんてなりたくないのだし、わたしを嫌っている殿下は想い人と一緒になれてあわよくばわたしは貴族社会から解放されるのではないかしらと思って…それっていいことだらけじゃない」
「姉さん…貴方って人は…
そんな事だろうとは思いましたけど、今回のことで父さんと僕がどれだけ骨を折って動くことになったか…僕の睡眠時間を返してください」
「ふふ、ごめんなさいね。
ありがとうわたしのかわいいアルテンリッヒ。領地に着くまでまだまだ何日もあるわ。
お姉様がぎゅっと抱きしめてあげるからゆっくりおやすみなさいな」
かわいい弟にそう言うと耳を真っ赤にして両手を広げるわたしから音を立てて距離をとった。
「やめてください。またそうやって子供あつかいして!姉さんとは2つしか違わないし、背だってもう姉さんより高いです」
「あら、そうなの?そういえばそうかもしれないわね」
「そうなんです!」
馬車で5日もかかる道中はリヒテンのおかげであっという間というわけにはいかないものの、楽しく過ごすことができた。




