物語の開幕。
この領地に来て2年がたった。
わたしは18になり、リヒテンは16になり、季節は初夏。
2年間の間、相変わらず時々フローラ、アイシャ、エレナとは手紙のやり取りをしていたが、アイシャとエレナが結婚して以来2人からの手紙は途絶えてしまっている。
エレナはどうやら幼なじみと結婚したようだけれど、アイシャは新興貴族で富豪の方とまたもや燃えるような恋に落ち、大恋愛の末に結婚したらしい。
彼女の手紙にはそれはそれは大作の小説のような大恋愛の顛末といかに彼を愛し、彼に愛されているかが感情のままに書き連ねてあったが、わたしはいつその恋の炎が燃え尽きてしまうのかとひやひやしている。
フローラは今年の春に卒業するのだと手紙に書いてあったけれど、無事卒業できたのだろうか?
優秀で負けず嫌いな彼女のことだから成績もトップで卒業していそうである。
そういえば彼女からの手紙も最近ぱたりと来なくなってしまった。
領地にひきこもって生活をするわたしが得る外の情報といえば彼女たちからの手紙か毎週交わすリヒテンとの手紙か、長期休暇にかえってくるリヒテンの話か、それくらいのことである。
あとは街や国の喧騒から程遠いこの自然豊かな邸でのんびりと気ままに暮らしている。
年々、学業と次期公爵となるための勉強が忙しくなるリヒテンはそれでも必ず長期休暇にはここへきてわたしとスローライフを満喫する。
先日まで春の長期休暇に帰ってきていたけれど、つい、一昨日王都に行かなければいけないのにしぶるリヒテンをいつものごとくトルネオが颯爽と攫っていった。
あの一件以来リヒテンの送り迎えはトルネオの仕事になっている。
リヒテンといえば、天使のように可愛かったはずの彼はここ2年でめきめきと身長をのばし、トルネオと並びたつほどになった。
顎だってシュッとしてしまって真ん丸だった深いブルーの瞳はもう真ん丸ではないし、いくらか高く澄んだ声ももはや男性のそれになってしまった。
アッシュブラウンの髪に濃いブルーの瞳に整った顔立ちで王都では騒がれているらしいが、昔の可愛らしい天使を失ったわたしのダメージは大きい。
「はぁ…リヒテンったらまた背が伸びていたわ」
「お嬢様、またその話ですか。宜しいんじゃないですか、見目の麗しい次期領主様に領地の娘たちも沸き立っておりますし」
「そうですよ!アルテンリッヒ様は目の保養です!わたしもたまにどきっとしてしまいますし……ああ!すみません、嘘ですトレイシーさん!」
その日の夕食にため息をついたわたしはトレイシーに呆れたような目を向けられた。
マリーはたいていリヒテンの味方であるしクロードは端の方で微笑を浮かべながら佇むのみである。
一人で食べる食事はずいぶんと味気なく、何度も一緒に食事をとるようお願いしているのだけれど未だに良い返事はもらえていない。
トレイシーとマリーはお茶くらいなら一緒に飲んでくれるようになったけれど(トレイシーは席につくだけだが)食事となるととたんに絶対にいけません!とむしろ怒られてしまう。
「お嬢様はアルテンリッヒ様がかっこよくなることの何がおいやなのですか?」
「嫌なわけじゃないのよ、マリー。ただね、小さい頃の可愛いリヒテンが忘れられないの…
あの天使のようにかわいいリヒテンがいっつもわたしにひっついてお姉さまお姉さまって…」
「そんなにアルトステラお嬢様が可愛い可愛いと言いすぎてしまわれるからアルテンリッヒお坊ちゃまが意地になって身体を鍛えたりするのですわ。
男性としてお可哀想です」
身体を…鍛えている…?
そんなの知らないし、聞いていない。
最近めきめきと胸板は厚くなるし体の線の細さも消え失せてきたと思ったら、身体を、鍛えている、と?
たまにバンスとトルネオとどこかに消えることはあったが男性同士の会話もあることだろうと気にしていなかったけれど、まさかそれのことだろうか。
ということは、いずれリヒテンが、バンスのような筋骨隆々の男性に……?
絶っっ対に阻止せねば。
わたしはもう安易に彼に可愛いなどと言わないことを誓った。