侯爵令嬢の後悔。
わたくしは王都にある王立学園を無事に卒業した。
わたくしたち、貴族のさらにいえば貴族令嬢の世界で学生の時代というのは数少ない自由な時間を指す。
15、16で結婚するのが当たり前の貴族の世界で18歳まで学生でいられるということは大変な贅沢だ。
婚約者が決まっていて相手方の許可がでているか、家の許可がないと最高学年である18歳まで学生でいることなど不可能である。
事実、わたくしの学友達は次々と学園を去り結婚させられていったもの。
エレナも停学がとけてすぐ、隣の領地の伯爵子息の元に嫁いでいった。
年上で幼なじみらしい伯爵子息との結婚に、どうやらエレナもまんざらではないようだった。
1つ歳下のアイシャは昨年、夜会で見初められた商家の大富豪の青年と両親の反対を押し切って結婚したが、いかんせん彼女は惚れやすく冷めっぽいものだから離縁しないかが心配である。
そして、わたくしフローレンス・ユエル・メイトローブは明日同盟国であるモラティアス皇国の侯爵家へと嫁ぐ。
国家間の友好関係 に重要な役割をもつこの婚姻の準備に時間を要した為この歳まで学園に通えていたわたくしであるけれど、身の上話もそこそこに余裕無くペンを走らせた。
あの一件以来会えていない彼女に、大切な幼い頃からの親友であり、戦友であり、そして家族である彼女に。
明日からのわたくしには自由が極端になくなるだろう。
手紙だって今の状況ではもうきちんと届けてもらえるか分からない。
でも、書かずにはいられなかった。
彼女への謝罪を。彼女への忠告を。
わたくしを許さなくたっていいから、救ってくれた彼女の幸せをどうか祈らせて。
いつものんびりとした田舎ぐらしの、思わず吹き出してしまうような間抜けなエピソードを感情的にしたためてあるあの手紙はもうわたくしの元に届かないかもしれない。
手紙の最後に、わたしのいまの幸せはすべてあなた達のおかげよ。次はあなたが幸せになって。と必ず書いてくれる彼女のあの生活はもう終わりを告げるのかもしれない。
もうきっとなにもかも遅いのだ。
世間から隔離されるようにあの領地に閉じ込められている彼女は何も知らないのだから。
なにも知る術がないのだから。
捕まってしまっても構わないと思うの。
何も知らなくてもいいと思うの。
彼女が幸せであるならば。
わたくしは今よりもずっと遠くに離れてしまうけれど、あなたのことに本当に干渉出来なくなってしまうけれど。
祈らせてほしい。
だから、せめて最後にわたくしの懺悔と愛を伝えさせて。