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「姉さん、調理室には」
「はいりません」
「家事や身の回りの事は」
「トレイシーとマリーにおまかせします」
「庭仕事や外仕事は」
「ぜったいにいたしません」
「週に一度は」
「リヒテンにてがみをかきます」
………うんざりである。
リヒテンには今回本当にたくさんの迷惑をかけてしまった。
それは紛うことなき事実で。
彼にはできるだけ心配をかけたくない。
これも本音で。
けれど、正直、うんざりしてしまっている。
目が覚めて軽く食事をとってから、濃いくまを携えたリヒテンに謝罪と感謝を伝えにいくといくつかのことを約束させられた。
あらかたは素直に飲んだけれど、手紙の件についてははじめ毎日送るようにといわれてやんわりと、かつ全力で説得した。
王都からこんなに距離のあるこの地からの手紙がすぐに届くはずがない。
毎日送りあっていたら何日も前のことに返信をしてまたいく日か前のものが届いて、と訳が分からなくなるのは目に見えている。
だいたい、何をかけというのか。
その日にマリーが割った皿の数だろうか。
それともバンスがマリーにあげた怒号の種類についてだろうか。
1週間でなんとか譲歩してもらったところで退室して、あんなに寝たにも関わらずわたしは次の日の正午まで起きることが出来なかった。
リヒテンは(彼の場合は当然だと思うが)それよりも3時間遅く目覚めて、クロードとトレイシーに王都に向かう様せっつかれていた。
おそらくはお父様になにか言われているのだろう。
ものすごくいやいやに、しぶしぶ支度を始めたリヒテンに酷く申し訳なく思いながらわたしも支度を手伝う。
その合間にお願いだから、馬車を使うようそして絶対に休み休みのんびりと向かう様クロードとリヒテンを説得してどうにか首を縦に振らせた。
邸を離れるわけにはいかないクロードに代わり、御者はトルネオにお願いすることにした。
長い焦げ茶色の髪は色々な方向にぴょんぴょんと跳ねていて小さい頭の乗っかる体躯はやけにひょろりと細長い。
庭仕事が多い彼の生成色のシャツは大抵どちらかの肩がずれている。
「大丈夫、大丈夫ーまかせてくださいー」
気の抜けるような声を出して頭をかくトルネオが渋るリヒテンを引き摺っていった馬車の前で話は冒頭に戻る。
あの復唱を10回は繰り返したところでさすがにトレイシーは咳払いを連発し出したしトルネオは欠伸を噛み殺した。
心配をかけた分できるだけ彼の言う通りにさせておきたいけれど、お父様譲りのあのねちっこさはもうおなかいっぱいなのだ。
もう許して欲しい。
13回目の復唱で、いったいどこにそんな力があるのか、ひょろりとしたトルネオが長い腕を伸ばしてへらへら笑いながらリヒテンを馬車に押しこめた。
「な!なにを!」
「はいはーい、お坊ちゃんもういいでしょう。
ではお嬢様、クロード様、トレイシー様行ってまいりますねー」
「ちょ、ちょっと待ってください!まだ話が」
馬車の扉を開けて顔を出しかけたリヒテンを再度押しやって物凄いスピードでぴしゃりと閉めたトルネオはさっさと席に飛び乗るとそのまま馬車を走らせていってしまった。
トルネオって、あんな強引なところもあるのね…。
ひとは見かけによらないわ。
唖然としているところで、冷えるので早くお邸にお入りくださいとクロードにいわれてぞろぞろと邸に入る。
なんだか、とっても疲れた…
とってもぐっすり眠れそうだけれど、ここ数日寝てばかりでこのままではダメになりそうである。
明日からはまた領主仕事と家事を教えてもらおうとこっそり誓う。
もちろんきちんと無理のない範囲で、だけれど。
もうみんなに迷惑をかけるのはこりごりだし、リヒテンがこれ以上心配性になるのも困る。
ごめんなさい、リヒテン。
お手紙は必ず書くけれど、あの雁字搦めな約束は守れそうにないわ。
あんなに何もしない制限だらけの生活送っていたら気がおかしくなりそうだもの。