13
目が覚めたらベッドの上だった。
……ん?ちょっと待って。
あれ、どうして?
確かテラスでリヒテンと紅茶を飲んでいて、…それからどうしたのだったかしら。
やたらと重い体をどうにか起こしてあたりを見渡すと、見慣れたわたしの部屋である。
締め切られたカーテンの奥がうっすらと明るくオレンジ色の柔らかい光が見える。
もしかして、あのまま寝てしまったのだろうか。
それからベッド脇に置かれた椅子に座り、うつ向くグレイがかったブラウンの柔らかそうな髪。
「リヒテン?」
小さく漏らすとゆっくりと頭をもたげたリヒテンは濃い青を丸くした。
「姉さん、目が覚めたんですね。良かった…」
「リヒテン…ええと、わたしったらいつ部屋に戻ったのかしら」
「覚えてないのですか?」
「ええ」
「テラスで話をしていた時にすごく考え込んでいると思ったらそのまま、お倒れになったのですよ。
すみません、僕が殿下の話なんてしてしまったから」
「…倒れた?まあ、なんて情けない。
ごめんなさい、あなたはなにも悪くないわ。」
「医師によると知恵熱だそうです。
大事はないそうですので、くれぐれも無理はしないでくださいね」
知恵熱?!
知恵熱で倒れるなんてなんて恥ずかしい!こどもじゃないのだから。
心配そうな、しかしどこか怒っているようなリヒテンの手前ゆったりとなんでもないことのように返したけれど、恥ずかしさで顔から火が出そうである。
つまり、エルレイン殿下のことを考えすぎたあまりに倒れたということだろうか。
こんなこと、お父様にもリヒテンにも知られるわけにはいかないわ。
リヒテンはトレイシーを呼んできますと言って退室し、ほどなくしてトレイシーが飛び込んできた。
「お嬢様!ああ、良かった…!急に倒れられたそうでそれからまる1日目を覚まさないものですから…わたくし…」
「ちょ、ちょっと待ってトレイシーあなた今まる1日っていいました?」
「ええ、そうですわ。アルトステラお嬢様。
お嬢様は昨日の午後にお倒れになってそのままずっと目を覚まされず。
今が夕刻ですので、ちょうど1日と半分でしょうか」
おそらく夕暮れ頃であったろうオレンジ色の光はもうすっかりなくなベッドサイドに置かれたランプの光が薄闇に揺れている。
あまり熱を出したり風邪を引いたりしたこともなく身体は丈夫だと思っていたのに、知恵熱でまる1日寝込むなんてことあるのだろうか。
田舎に来て気が緩みすぎているのかもしれない。
お父様に知れたら確実に2、3時間はお説教されることだろう。
あまりの失態に青くなっているだろう顔色がこの薄闇紛れてバレないといいのだけれど。
「心配をかけてしまってごめんなさい」
「ええ、心配いたしましたとも!
それよりもアルテンリッヒお坊ちゃまの慌てようといったら!大変だったのですわよ。お嬢様の側を離れずつきっきりで看病されておられましたし。
明日には王都に向かって立たなければならないというのにお嬢様が目覚めるまで決して離れないと言い張られて、ほとんどお休みにもなっておられないですわ」
「そんな、リヒテンが…」
「いろいろと積極的にお学びになられるのは結構ですわ。
わたくしたちでお教えできることでしたらなんなりとお教えいたしますとも。ですがお坊ちゃまにご心配をおかけしないよう、体調管理はしっかりなさいませ」
スッキリとした顔立ちでするどさが目立つトレイシーの顔にはうっすらと疲れが滲んでいるし、そう厳しくまくしたてながらも優しさを含んだ声色でゆっくりと布団をかけた。
その優しさに涙が溢れそうになって、ごまかす代わりに笑顔でありがとうといった。
わたしのお母様は幼い頃に他界してしまってお母様の顔さえ朧気であるが、母親というものはきっとこんな感じなのだろうか。
訳ありで王子に婚約破棄を言い渡された巷での評判もおそらくは芳しくないような、身分だけは高い小娘にここの人達は本当によくしてくれている。