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割と説明回です…
リヒテンの話によると婚約を破棄したあとの殿下はとにかく、なんでもロデライ男爵令嬢の言いなりで少し彼女が甘えた声で擦り寄ってくればなんでも首を縦にふる意思のない傀儡だということだった。
国のとんでも権力を手に入れた、しがない男爵令嬢の我儘はエスカレートする一方でそのために被害を被った貴族令息、令嬢も多く当主から王家への反発も凄まじいものらしい。
王家はその対応に追われているが殿下はどうしても彼女を手放さない。
かと言って婚約者にしようと画策したり、努力したりするわけでもなく、批判しか生まないその状況で進展しない自分の立ち位置に苛立つ彼女は更にエスカレート。
学園と城は負のスパイラルに突入しその中で殿下は貴族達をそれはそれは巻き込みながら自由で気ままな身分差のある恋愛を楽しんでいるばかりらしい。
「ありえないわ…」
私の知るエルレイン殿下といえば第1王子であるヴィクトレイク殿下にまったく引けを取らず彼らの出生の複雑さからどちらが次期国王に選ばれてもおかしくないと国中に認められたとても優秀な方だ。
性格は真面目で心優しく穏やか。
その外見から冷ややかだと言われるほどに冷静で少しばかり柔軟さは足りないかもしれないがそれはこれからいくらでも補えるものだ。
とにかく、曲がりなりにも婚約者候補として幼い頃から殿下を知るものとしてリヒテンの話は信じ難いものであった。
「ええ、分かります。
しかしこれほどまでに噂が広がっているとなるともう…。
事実、城内では水面下にエルレイン殿下の王位継承権を剥奪する動きも出ています」
「まあ…そんな……」
3歳で婚約者候補として城へあがり、同い年の殿下と初めて顔を合わせたのは翌年。
澄んだアメジストの瞳に漆黒の髪。
警戒心からか常に貼り付けたような笑みを浮かべる殿下はとにかく美しかった。
それはあのフローラがうっかり見惚れて一目惚れ紛いのものをして、アイシャが燃える恋に目覚めるほど。
大人の思惑を知らないわけではなかったけれど、わたしたちはただの幼馴染として育った。
勉強の合間に城の温室で遊んだり図書室で並んで読書をしたり、演劇を見に行ったり。
とっても優秀で周囲の期待もひとしおだった殿下はそれ故に決して努力を怠らず忙しかったけれどわたしたち婚約者候補と過ごす時間もひねり出してくれていたのだと今は思う。
フローラは真面目すぎてつまらないわと言っていたけれどわたしはただただ尊敬していた。
確か幼い頃は殿下はわたしにも優しく接してくれていたと思う。
わたしが殿下に避けられていると気づいたのはフローラが一時の一目惚れに冷めてしばらくたった頃(ちなみにアイシャはとっくに別の恋に夢中になっていた)、7つくらいの時だったかしら。
ある日殿下と宰相の息子であり側近のステファン・サイラス様との会話を偶然聞いてしまいやはり嫌われているのだと自覚した。
「婚約者はアルトステラ嬢以外であれば誰でも構わない」
その頃すでにわたしと殿下に会話はほとんどなく、殿下のわたしを見る目は冷えきっていた。
はじめの頃こそなにかしてしまったのではと悩んだけれど、その後はできるだけ殿下が不快な思いをしないように距離を置くことに務めた。
彼がわたしを嫌うというよりも憎む原因を知ったのはそれからまた幾年もたった時だった。
わたしや殿下が13歳になった頃、殿下の婚約者が正式にわたしに決まった。
わたし、フローラ、エレナの社交界デビューに合わせて舞踏会で行われたお披露目会で殿下の憎まし気な表情を見てわたしは1人申し訳なさで潰れてしまいそうだった。
1番嫌いな相手、絶対に婚約者として受け付けない相手とこれから共に生きていかなければいけないことになった殿下に同情した。
「ステラ、あなた何も知らないのね。
そもそもこの婚約者候補、というのは出来レースなのよ。
初めからルーファス公爵家の令嬢であるあなたが婚約者になることは決まっていたわ」
なんとかならないのかとフローラに食い下がったところでフローラは呆れたようにため息をつく。
「どう考えたって公爵家のあなたとわたくしたち侯爵家ではレベルが違うじゃない。
わたくしたちはね、ただ王妃陛下の見栄のために用意されていただけよ」
フローラはあなたは気づいているのだと思っていたわと言ってもうひとつため息を産み落とした。