公爵家の喧騒。
「まず、隣国との貿易状況ですがイゾルテ領では関税をこのようにしております。
この度の新事業に関して先方との契約はすでに完了しており、尚、仲介業者はアーディル商会にと話はつけております。
次にカナル川についてですが作業は明後日。ドルント伯爵が私兵を出して作業に当たるとのことです。視察には人を送りますか?……かしこまりました。ではそのように。
次にセルヴィル皇国の使節団の件ですが、歓迎の宴の準備はマーガレット様がなさりたいとのこと……ええ、そうです。ではそうお伝え致します。
はい?………ああ、あの件についての資料ならこちらにまとめてあります。後ほどご確認ください。
ご不明点はトルネオに。
次に……」
「ちょ、ちょちょ!ちょっと待って、ちょっと待ってよルーファス公爵」
「………なんでしょうか。中断されますとこの後の予定が滞りますが……」
絢爛な執務室の机にだらしなく突っ伏した拍子に柔らかな金髪が広がった。
机に押し付けられた尊顔に鎮座する澄んだアメジストの瞳はぼんやりとどこともつかぬ、虚を貫いていた。
「陛下……お言葉ですが、そのようにだらしなくされては臣下に示しがつきません」
冷淡に、むしろ睨むかのような視線に傍に控える焦げ茶色の髪の男が肩をすくめる。
公爵のこのような冷たい顔を見るのは何年ぶりだったろうか。
「あーもう、いいよ。やめてよ、その口調もさあ。なにをそんなに焦ってるんだよ。休憩、休憩しよう!休憩!」
机に顔を擦りつけながらだらしなく紡がれた言葉は
恐らく「陛下」を知っているものなら誰もが驚愕するであろう隙だらけの姿である。
彼の常といえば柔らかく穏やかで親しみやすく、公平で淡々と仕事をこなすばかりであるというのに……。
「………じゃあ、お言葉に甘えて言わせてもらうが“陛下”。
なにをそんなに焦っている、だと?正気とは思えない言句だな。
妻が産気づかんという時に無理やり引き離され、登城させられたかと思えばその上さらに雑用を押し付けられた挙句、休憩がしたい?
頭がおかしいんじゃないか。そもそも、俺がここにくるべきとは思えぬ案件だ。
俺は今すぐにでも貴殿らふたりをねじ伏せて、城の馬を奪い発ちたいところを、なんとか情と恩と、少しばかりの敬で踏ん張っているのだが…?
はあ、まったく立派な王になられたものだ」
「うん、ごめんなさい」
がばりと起き上がった顔は引きつっている。
顔に垂れ下がる金髪を払うこともせずに早口でそう告げた。
なぜだか鬼の様相で数日前にやってきた彼の持ち込んだ案件でいったい、なにがどうして、こうなったのかを把握した。
確かに早急に片付けたい案件であるし、気になっていた事ばかりで、彼がいれば話が早いものばかりだ。
けれど、確かにどうしても彼でなくては、というものでもなかった。
しかし、彼は登城した際、「陛下が火急の用で、直ちに参られよ」との話だったと言った。
ああ、と全てを理解した顔をした瞬間、踵を返し帰ると言って聞かなかった彼を引き止めたのは自分である。
彼がいれば公務も仕事も段違いに捗るのだ。
正直執務が立て込んでいる時期でもあった。
この男が、昔から自分が全身全霊をかけて頼み込めば無碍にはできない優しさを持ちえていることも承知の上でひきとめた。
であるから、罪の意識も、それは当然あるわけだ。
今ごろ、伯爵領であの小賢しいあいつがほくそ笑んでいるのが目に浮かぶ。
「もう、いいですね」
激情を今にも刃が飛んできそうな瞳に押し殺した彼が低い声を出す。
金髪の男はうんうん、と幾度も頷く。
本来なら、このように気軽に頭を下げていい立場にはいないのであるが……。
踵を返し扉に手をかけた男に向かって、そばにいたもじゃもじゃ頭が「怖ー」っと呟く。
同感である。
「あ、まって」
礼をしていまにも飛んでいきそうな彼に咄嗟に声をかける。
彼はついに射殺しそうなとんでもない視線を向けてきて、隣の男は「公爵がしていい目じゃないよう」と独りごちた。
「私の分まで、よろしくね。……本当は行きたいんだけど……」
彼は言われずとも、とでも言いたげな視線を不躾に向けて、言葉は発さずに立ち去った。
最初から最後まで不敬、ではあるが、今回はどう考えてもこちらが悪い。
それにこの3人の間に限ってはそのような、礼、無礼は存在しない。
隣で呑気な男が「気をつけてくださいね〜」とのんびり声を出した。
あの勢いであれば彼の地まで幾らほどでつくだろうか………。
変わったな、あいつも。とぼんやりと金髪の男は考える。
昔から盲目的であった彼は彼なりに成長し、その長所とも短所とも呼べそうな執着はまあ………残しつつ、大人になった。
そして、なにより、自分を大切にするようになった。
感情豊かになり、人間らしくなった。
知らず、笑みが零れていたらしい。
隣の男が引いたような顔をしていた。
…………といっても、口元しか見えはしないのだが。
「……ああ、いいなあ、私もそろそろ可愛いお嫁さんが欲しいんだけど…」
「あ、やっと決意が?ミレイユ公爵令嬢が首を長くしてお待ちですよ。
というか一体何時まで婚約者でいるおつもりですか。
ミレイユ公爵令嬢が毎朝執務室に乗り込んできてこちとら精神的な苦痛が……」
「いやあ、そういうんじゃないんだよねー」
生まれた頃から付けられている婚約者は悪い奴ではないし気が合わないわけではないが、彼女とは完全にパートナーという立場だ。
王と王妃という役割を背負う、というだけ。
恋情、愛情などは皆無。
あいつの、あれとは違う。
自分が自分の立場でそんなことを望めるはずもないのだが、少しくらい羨ましく思ってもバチは当たらないだろう。
なにしろ、最初の立場は自分もあいつも変わらなかったのだ。
「まあ、あれのごたごたが済んだのなら、そろそろ潮時だね」
本当に、いい加減にしないと冗談でなく彼女に殺されそうであるし……。
薄い唇をニヒルに持ち上げて彼は思うのだ。
なにはともあれ、良かったな、と。
お久しぶりです。サボってて申し訳ございません…。
いや、言い訳もくそもございません。
しかも次の話に浮気しましたごめんなさい。
とあるご感想をいただいて、あ!待ってくださってる方がいる…!まだ、見てくださってる方がいる…!と今更ながら気づきましたごめんなさい…。
結末はもう出来ているのですがそこを繋げるのがなんとも……というところで、
でも、逃げずにがんばります(今度こそ)!
いつもありがとうございます!本当に本当にありがとうございます!
永らくお待たせして申し訳ございません!
完結したら感想ぜんぶ返信します!遅い(ひぃぃ…)
ではもう少しお付き合い下さいませ(´ ゜ω゜`)
そしてよろしければ新連載の方もよろしくお願いします。




