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「いいですかねぇ、ちょっと落ち着いてくださいよ。あんたら揃いも揃って馬鹿か?馬鹿なのか?
馬鹿ばっかりか?
謝ってくださいよ。俺に、あと、国と可哀想な国民とあのアホな王様と、あと俺に!」
「………すまない」
「……すみませんでした」
「申し訳ない。…………というか、その前に1つお聞きしてもいいですか」
なぜ、ペテルバンシー様に謝る必要があるのか、イマイチ分からないがその剣幕に俺もアルテンリッヒも公爵さえも押されていた。
確かにあの場で熱くなっていた俺らは馬鹿だった。
ステラは簡単な挨拶だけして気分が優れないと部屋に引きこもってしまったし、トレイシーとマリーは倒れてしまった。(マリーについては何故だか鼻息が荒くなっていてひどく興奮していた)
クロードですら顔が青白くなっていたのだからよっぽどだ。
あの場面であんな話をするべきではないと分かってはいるけれど随分と俺は余裕が無かったらしい。
だって実際、別にアルテンリッヒの言う提案は悪くない。実現されかねない。
「あ?なんですか?糞ガキ」
「どうして、貴方がここにいるのです?ペテルバンシー様」
く、糞ガキ…?
ああ、どう考えてもこの方はやはりペテルバンシー様だ。
とにもかくにも、その話に入る前にまずはこれだ。
ずっとはぐらかされていたその言葉を再び口にするとルーファス公爵とペテルバンシー様がが互いに顔を見合わせ、アルテンリッヒが眉を寄せた。
ペテルバンシー様の名はまだ学生であるアルテンリッヒですら聞いたことのあるもののはずだ。
俺やヴィクターが産まれなければ立太子されていただろう俺から見て従兄弟に当たる方。
そして王族でありながら、かつて戦場を駆け回り国境沿いで起きた戦争の火種を収めた立役者。英雄とさえ呼ばれ僅か23歳の若さでこの世を去った近衛騎士団の団長。
「……はぁ、だからその恥ずかしい名で呼ぶのはやめてくれっていってるのに」
ぐったりとした様子で額に手を当てたペテルバンシー様をアルテンリッヒがものすごい形相で振り向く。
「ペテルバンシー様?!…バンスが?!あの?
………そんな、そんなはずは………だってペテルバンシー様は……」
「亡くなっているはず、だろ」
深い青の瞳をこれでもかと見開き言い淀むアルテンリッヒは、なんだか見ていて気持ちのいいものだが、その答えを俺も知らない。
「お坊ちゃま?その名で呼ばないでくれませんかねぇ、虫唾が走るんで」
榛色の瞳が細められアルテンリッヒはそろりと目を逸らした。
イラついているらしい彼から静かな怒気が漏れている。
「はぁ、まじで約束が違ぇですよ公爵。
あなたには感謝していますけど、もう一生その名で呼ばれる日は来ないと思ってたのに…」
「……すまないバンス。
君を誘った時まさかエルレインとの再会が叶うことになろうとは思わなかった」
「まあ……そうでしょうけどね。
俺も出しゃばりましたけど………王族の血っていうやつはまったく…。
厄介事を引き寄せるんですかねぇ。
……で?なんだったけか、エル。何故俺がここに居るかってことだったか?」
「はい、バンス様。
貴方は戦地で深手を負い、その傷が元でお亡くなりになられたと…」
俺はペテルバンシー様とそう親しくなかった。
けれど、俺の周りの人間には珍しく悪意を向けてくるでもなく媚びてくるわけでもなく無関心そうな態度が新鮮だった。
俺達が居なければ王太子となっていたはずの方なのだ。憎んでさえいてもおかしくないというのに彼が向けてくる視線は常に冷静でひたすら無感動だった。
いうなれば監視に近かったかもしれない。
ヴィクターが産まれてすぐバンス様は自ら臣籍に降ると宣言したらしい。
周囲の反対を無理やり押し切り、身一つで騎士団に入団したと。
「私の王族としての立場は真の王が産まれるまでの仮の姿です。
この身の全ては国民に、未来の王に尽くす為にあります。」
王族の名を捨てる際、彼がこう言って陛下に頭を垂れたというのは実に有名な話だ。
彼の逸話は英雄譚として語られ彼の生き方や姿に多くの騎士が憧れた。
数年、騎士として同じく王城で勤めていたジークの崇拝ぶりも相当なものである。
かくゆう俺自身も彼の潔さや王族でありながらしがらみに捕われず、自分の意思を貫き通した強さに憧れていた。
そんな彼が、亡くなったはずのバンス様がどうして生きてこのような所にいるのだ。
「俺は国境で脚に怪我を負ってな、生活に支障がある程ではないが騎士としては致命的だった。
騎士団長としての立場があってこそ、俺は王都にいることが許された訳だが、その地位を失った俺は政治の道具にされいらん争いを引き起こすだけだ。
だから、死んだことにして俺の姿を知るもののいない辺境に引っ込んだ。
……というていで、まあ実際はただの罪滅ぼしだ。
公爵には随分と協力してもらったよ。」
「……罪滅ぼし?」
「まあな。お前と一緒だよ、糞ガキ。
守りたいものを作っちまった」
自嘲気味に笑ったバンス様に俺はそれ以上追求するのをやめた。
アルテンリッヒも微妙に顔色を悪くして押し黙っている。
そりゃ、使用人だと思って接してきた人間が国の英雄と語られる王族だったのだ、気分も悪くなるというものだろう。
「ま、今は王族でもなんでもないからな。本当にただのしがない料理人のバンスだ。
貴方のお父上に雇われているだけのただの使用人。だから今まで通りにしてくださいね、お坊ちゃま。
………あと次あの恥ずかしい名前で読んだら殺す」
小声で早口に言われた一文に俺とアルテンリッヒは声を低くして「はい…」と返事をした。
さすがは元騎士団長、迫力が違う。
どうしてバンス様はあの名を嫌うのだろうか。
気品に溢れていて美しい名だと思うのだが。……まあ繊細で中性的な響きと彼の風貌が合致しているかといえば、そうでもないけれど…。
「……あーー、俺の話はどうでもいいんですよ。お坊ちゃまの件、一体どうするんですか、公爵サマ」
バンス様のいささか剣のある声音にルーファス公爵は至極冷静に落ち着き払ったまま、空色の瞳を俺に、そしてアルテンリッヒに向けた。
それからしばらくして彼は重い口を開いた。