10
エルレイン・ヴァルドルフ・フォン・ネイトフィール
ネイトフィール王国の第2王子であり、わたしの元婚約者。
彼のことを語る上で クズ という表現はおよそ出てこないだろう。
ロデライ男爵令嬢と出会ったあとの彼はあるいはそれに近いものがないとも言えないような気もしないこともないけれど、それでも精々盲目的止まりだと思う。
少なくともわたしの中では。
唖然とするわたしがやっとのことでひねり出した言葉といえば
「まあ、斬新な解釈ね」
だけだった。
ぽかーんとするわたしにリヒテンは、
失礼しました。噂で聞いたままとはいえ、汚い言葉を使ってしまいました。
とかなんとか見当違いのところで、しかもなぜか照れていた。
「続きはマリーの淹れてくれたお茶でも飲みながら………
マリー、この紅茶はあなたが淹れたのですか?」
「はい!アルテンリッヒ様!」
テラスに入りテーブルセットの側で一礼したマリーは胸を張って応える。
その嬉しそうな笑顔にリヒテンの頬が1度引きつったのを確認し、ああ、そういえばと思い至る。
「リヒテン、大丈夫よ。マリーの腕はここ1ヶ月で見違えたわ」
長らく領主が留守だったこの邸でマリーはお茶を淹れるということをほとんどしたことがなかった。
少人数の邸内で食事時のお茶はバンスがついでとばかりに淹れてしまうし、領主代理のクロードに出来ないことは無い。
それに加え彼女は少々ドジで少しばかり不器用だった。
そんなわけで1か月前までの彼女の淹れるお茶は何をどうしたらこんな味になるのか分からないような謎の味だったのである。
わたしがお茶のいれかたを教わるのと一緒に彼女も練習を重ね(トレイシーはまだしもバンスは本当に厳しかった)本当に上達した。
それはバンスも認めるところで最近では何も言わずに飲んでいる。
リヒテンはちらりと笑顔のマリーを見てからすんと1度香りを嗅いでどうやら納得したようだった。
わたしが座るのを見届けてから着席して1口飲んでからおいしいと漏らすリヒテンにマリーは泣きそうな程の笑みを浮かべて、頭が膝にもう少しでつきそうなお辞儀をしてテラスから出ていった。
急いで向かう先はきっとバンスのところだろう。
トレイシーのお説教は終わったのだろうか、もしまだだとしてもあの様子では忘れていそうである。
……マリー、ほんっとうにごめんなさい…。
「それで姉さん、続きをお聞きになりますか?」
「ええ、お願いするわ」
一瞬だけ、え、続き?と思ったがきっとバレていないはず…。
そういえば、エルレイン殿下の話をしていたのだった。
「エルレイン殿下の評判はいまや地に落ちています。
まだ学園内や城でのことですが王都にも広がりつつあるようです」
「ちょっと待ってリヒテン。
私の知っている殿下はそんな悪評をほの流す方ではなかったはずよ」
「ええ、僕もそう思っていました。最初は耳を疑いました。
たしかにロデライ男爵令嬢と出会って変わられたとは思っておりましたし、あの振る舞いに憤りもそれは感じましたが、姉さんとは政略的な婚約だった訳ですし、仕方が無いことだとも思いました」
「わたしもそう思うわ。
殿下はわたしのことがお嫌いでしたもの。
ずっと申し訳なく思っておりました」
姉さん…と呟いてバツが悪そうに目を泳がせるリヒテンは、こほんと咳払いをして続けた。
「姉さんが気に病む必要はありません!むしろ傷つけられたのは姉さんです。
それに婚約を破棄したあとの殿下は本当にクズだとしか言いようがありませんし、そんなこともはや言い訳にもならない」