0 少女は正月を知らない
西暦2017年、1月。正月でのほほんとした人々が宴会をしたり、新年特番を見て楽しんだり、正月らしい遊びに興じる人がいた。
その人々の姿をじっと見つめる少女。年齢はおおよそ十歳と言ったところであろうか、長い黒髪がほのかに目立つ。少女は双眼鏡でひとりひとりの顔を確認する。外には凧を上げるために走り回る子供、それをにこやかに見つめる親、屋内には酒を飲んだりおせちをつついたり、賑やかにしている大人がいた。その中の一人をじっと観察した後、少女は草場から出て木を登り、建物の屋上へ移動する。
屋上の扉を開き、廊下を渡り、宴会場の室内に入る。
「ん?なんだね君は。ここは子供にはまだ早い、お外で皆とあそ------」
最後まで言い切る前に、少女に声をかけた男性は激しい出血をし、そのまま絶命する。宴会場内はパニックを起こし、おせちはそこらじゅうに飛び散り、正月特番を映したテレビは誰かが蹴飛ばした勢いでチャンネルが変わってしまっている。少女は死んだ男性に気を留めることもなく、どんどん進む。そして最初から狙いをつけていた一人の男性の前に立ち、
「ねぇ、私の家を壊したのは、あなた?」
「し、しらん!何の話だ!」
少女は手に持っていたナイフを男性の右膝に突き立てる。
「ぐあぁぁぁぁぁぁ!!」
「私のお父さんとお母さんを殺したのは、あなた?」
「知らない!人殺しなんてやった事ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
少女はポケットから取り出した針金を左腕を抉るように差し込み、右腕と一緒に縛ってしまう。
「何のことかはわからんが謝る!金もいくらでも払う!だからたすけっ-------」
言い終わる前に少女は腰に下げていた小刀で男性を十文字に切り捨てる。男性は声にならない悲鳴をあげ、苦痛の表情を浮かべながらやがて絶命した。
少女はそんな死体をぼーっと見つめ、しかし興味が失われたのかそのまま部屋から出る。そして行きと同じ道を辿り、その場から去る。
それから数時間後、事件のことを聞いた警察が調査を行っている。
「……では、少女がこの宴会会場に訪れたと思ったら、対応をしたこの人がいきなり殺され、あなた方はパニックで逃げ出したと。」
「はい……。恐らく社長は逃げ遅れたところをその少女により殺されたんだと思います……。」
「ふむ………。」
事件を担当した刑事は事情聴取をし、しかしどことなく眉唾物だと、話をあまり信じなかった。
正直なところ、その場にいた全員はある意味アリバイがない。誰かと一緒に逃げたという人もやはりちらほらといるが、監視カメラなどが無いことから確実性がない。
しかしそれでもその少女の存在を刑事は認める……認めてはいないのだろうが、外部犯である事だけは認めざるを得なかった。
殺害された死体には、凶器のナイフが刺さったままだった。指紋を調べたところ、その場にいた全員と合致せず、さらにその指紋のサイズから子供の犯行ではないだろうか、と鑑識は言う。
「刑事、アレですよ、例のアーミーガール。」
「……そんなもん存在しないって言い切っていたんだが、実際に事件の担当になると、その存在を信じざるを得ない証拠が出るのは癪だな。」
「それは同意見ですね……。けど、これはもう警察に手に負えるレベルじゃないですよ。相手は軍事国家丸々一つ潰したバケモノなんですよ?」
「そうなると、やっぱヒーロー協会に頼み込むのか?」
「いいえ、噂ではヒーロー協会トップテンの実力を持つ人も容易く殺したって話です、世界最大規模の危険分子には、世界最大規模の危険分子をぶつけるんですよ!」
「世界を活かすも殺すも気分次第……Xか。」
「そうですよ!彼ならアーミーガールもイチコロ!」
鑑識は興奮してマシンガントークを始めるが、刑事のげんこつで止まった。
「ったく、俺達は警察だ。正義の名のもとに人殺しはぜってぇ許さんが、人殺しを殺すことを肯定したら、そりゃ人殺しと同じだろ……。」
刑事は鑑識に説教しつつも、しかしながら、とある軍事国家を滅ぼすような奴だ、少なくとも人間だとは思えない。そうも考えてしまい、なんとなくヤキモキする。相手がおよそ人でなければ殺すことを肯定していいのか?そんな心中で巡る疑問に応えられる人間は誰もいない。誰もいないが、一人の警官がこの事件は手に負えないと上へ報告、その後の指示により引き上げることになってしまった。そして、世界を活かすも殺すも気分次第というとんでもない化け物じみた人間に、少女を殺す依頼を送ることとなった。
最後までそのことに対し抗議を行った刑事は、上から何度も諭され、最終的には数週間の謹慎という形で決着がついた。