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ブーケトスもそんな感じ。

作者: 葵陽

欲しているものはなかなかに、手に入りにくいものだ。

まるで宙を舞うティシューのように手を伸ばしたものを拒み、また時としてそれは思いがけない者の手の内に収まることもある。




時代はまだ、端々で戦や小競り合いが起きていたころの話。

一人の漁師が、草むらに肉片を捨てた。

その肉は仲間の漁師から貰ったもの、無論魚肉ではない。

「今朝俺の網にかかっていた」と仲間内で密かに分けられたものだ。


不老長寿の妙薬、人魚の肉である。


人が食べれば老いも死も感じることがなくなる、世界中の人間が追い求めるであろう薬。

まさかホンモノではあるまい、と思ってはいたのだが魚肉のソレとは明らかに違う雰囲気に、漁師は持っているのも恐ろしくなり捨てたわけである。

野犬か鳥に喰われるか、土へと還るならば幸いだろう。

だが、現実は残酷だ。

ここに少年が一人、年の頃は六、七。

住んでいた村で小競り合いが起きた。その末食糧難に陥り、父母は末の息子である少年を口減らしの為に殺そうと思い立った。

「せめて成仏しておくれ」と母、だった者が言う。「生きるためには仕方がない」そのことも理解できず父親の着物の裾に縋り泣く息子を引きはがして父は、父だった者は荒波の海に少年を投げ捨てた。

チャポン、思いの外静かな音を立てて少年は海に落ちる。

父母が何故そのようなことをするのか分からない。ただ、流れ込んでくる海水が塩辛いことだけを少年は思っていた。

海の中で最後に見た父母は、こちらに一瞥もくれず足早に去って行ってしまった。


幸か不幸か、少年は生き残った。

流れ流れて小さな漁村の外れに流れ着いた少年は、「あの肉」を見つけたのだ。落ちている生肉を喰うのか、というのは愚問である。

少年の胃は数日前から空っぽなのだから。

久方ぶりの食事は、ただ腹を満たすだけのモノだった。味も何もわからない、ただ腹を満たすだけ。飢えは満たされた。しかしながら父母に捨てられ、行く当てもなくこの乱世を生きられるものであるのか。

そのような考えにも至らず、きっと父母が探してくれるはずと草むらに身を寄せて少年は眠りにつく。







欲しているものはなかなかに、手に入りにくいものだ。

まるで宙を舞うティシューのように手を伸ばしたものを拒み、また時としてそれは思いがけない者の手の内に収まることもある。




体に害のある物だと分かっているのに、どうしても煙草が止められない。吸った時の安心感から逃れることが出来ない。それをヒトは「依存症」と呼ぶのだろう。食べ物や酒・煙草、薬物、家族に恋人、時には宗教にすらヒトは依存する。安らぎや一時の快楽を得るためなにモノかに縋るのは、人間として無理からぬことなのかもしれない。その弱さを含めて人間だというヒトもいるくらいだ。




「貴女が、初乃嬢かい。」

 そう言ったその男は、大きな屋敷にひとりで住んでいた。

 訪問して通されたリビングルームには、蚊取り線香の香りに混じってかすかに煙草の臭いがしていた。おそらく先ほどまで嗜んでいたことが予想される。大きく開け放たれた窓と、稼働している扇風機は初乃への配慮だろうか。

男はおもむろに、安楽椅子から立ち上がろうと傍らの杖を手に取る。初乃が介添えをしようと近づくが左手で固辞されてしまった。

男は四肢が不自由であった。左目は数カ月前から見えなくなっており、左足はすでに義肢になっている。


初乃はスカートの裾をつまみ、頭を下げ「カーテシー」を行う。

「お初にお目にかかります、旦那様。有馬初乃と申します。」

男にはおそらくハッキリとは、初乃のお辞儀は見えていないのだろうがゆっくりと頷く。


「堅苦しいのは無しにしよう。貴女は“まだ”有馬の令嬢だ、ワタシごときに跪く必要はないよ。」

そこに立っていたのは、初乃が予想していたお爺さんではなく初乃と同じくらいか、年下にも見えるほどの青年だった。



祖父の知り合いということで、勝手にお爺さんを思い描いていた。

年の頃は十代後半だろうか、少なくとも成人に達しているとは言い難い。間違いなくコンビニで年齢確認をされる人だろう、コチラにコンビニエンスストアなど存在しないのだが。


「失礼、ワタシは喜瀬川(きせがわ) 公房(きみふさ)と申します。貴女のお爺さんとは、友人関係とでも説明しておきましょうか。」

友人に年齢など関係ないという考えを支持しているが、祖父はかなりの老齢であり足を悪くしてからはろくに外出もしていないはず。こんな若い友人がいつ頃できたのかと、つい疑問に思ってしまう。どちらかと言えば私の従兄、東彦はるひこと友人、と言った方が信憑性もあるほどに。


「旦那様、と呼ばれるのはかなりむず痒くてね。出来れば『くぼう』とでも呼んでくれたら良いよ。」


「く、ぼうさまですか。」


「うん。とある知り合いがワタシの事をそう呼ぶので、慣れてしまったんだ。おそらく『きみふさ』の音読みだとは思うが。別段それ以外で呼んでも構わないよ、ジロウとかさ。」


「じ、じろー?」


「さて、立ち話もなんだからそこのソファーに腰かけて。

お仕事の話でもしようか、一応。」

そう言って男、くぼうさまは応接のソファーを食指で指さした。

革張りの高そうなソファーだ。


「ワタシは座るのが遅いから、お先にお座り。」


促されるままに座ると、わずかな反発がある。フカフカしている。


 私が座るのを見ると、くぼうさまがゆっくりと向かい側に腰かける。

四肢が不自由というのは教えてもらったが、先ほどから所作を見ているとそんな様子は感じられない。

杖を持っていること以外は、ほとんど若者らしく歩いている。


定期投稿、4作目。かなり悩みました。

読んでいただければ幸いです。

5作目も頑張ります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読みやすい文章で、ほどよい長さなので、スムーズに読むことが出来ました。
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