返事を求められ
断ろう。
星子さんには悪いけど俺では絶対に釣り合わない。いつか、惨めになるだけだ。
それに俺は恋人とは同じ目線で話したり、喜びや楽しみのを共有できることを望んでいるから。
昼休みになると祐介が弁当を持って俺の机にやってくる。
そう言えば星子さんは祐介の幼なじみだったはず、彼女のことを聞くには都合の良い相手だと思ったが彼女のことを聞くには昨日のことを説明しなければならないと思い何も言わなかった。
「おまえって彼女とか作らないの?」
そんなことを聞いてくる辺り、昨日のことは知らないと思われる。
「作りたいとは思ってるって。でも、出会いも機会も勇気もなくてね」
これはホント。
「出会いと機会なら俺が作ってやるって」
「作ってもらっても勇気がないから無理かな」
いつものやりとり、祐介は俺に恋人を作らせようとしている。
確かに俺が祐介と遊ぶときは恋人の亜美さんとは一緒にいられない、ラヴラヴな関係の祐介にはそれが不満なんだろう。
もし、俺が恋人を作れば俺と遊ぶときでも亜美さんと一緒にいることが出来る。
「確かにそうだな、勇気があれば文学少女に告白ぐらいしているだろうしね」
っえ・・・・・
表情に出ていたのかもしれない、ニヤニヤしながら祐介は話を続ける。
「あまり本を読まないおまえが図書室に通っているんだぜ。簡単に想像できるって」
そうなんだ、俺は本を読む習慣はなかった。
だけど、図書室で見つけたら女の子に惹かれて通うようになっていた。
今では趣味は読書ですって言えるほどに本を読んでいる。
「五月蠅いな・・・。どうでもいいだろ」
拗ねてしまう俺。男の俺が膨れても絵的には可愛くない。
「まぁ、がんばれよ」
何を頑張るのさ?と思いながら昼が終わった。
祐介は日曜日に恋人とデートするらしかった、俺にはどうでもいい話しなんだが。
学校が終わったら何処にも寄り道をせずにまっすぐ家に向かった。
昨日の今日で彼女が返事を聞きに来るとは思えなかったが念のためにだ、もし彼女が家に来たら家族と会う前に玄関先で「ごめんなさい」の返事を言おうと思っていた。
「今日はあの人来るのかな?」
そんな俺の気を知らずに妹が面白そうに声をかけてくる。
あの人とはもちろん、昨日突然告白していった美少女の事を言っている。
「来ないだろ、きっと何かの間違いだって」
ホントにそう思う。きっと、他の誰かと勘違いしていただけだろう。
「そっか、あんな可愛い人、他にいないよ」
「そうだね、あれほどの美人を見たの初めてだったよ」
「なら、返事を聞きに来たらオーケイするんだよね」
楽しそうに話す優子。昔はお兄ちゃんのお嫁さんになってあげるねって言っていたのに。
それにこの年頃の女の子はこういう話が好きなのは解るが俺にとっては居心地の悪い話題なんだよ。
「たぶん、断るかな」
「もったいないよ」
「そうだよ、俺にもったいないからね」
俺は彼女が来ることを期待しつつ、来ないで欲しいと願いながら夕食の食材を買いに行った母の帰りを待っていた。
『ピンポーン』
玄関からチャイムが鳴った。イヤな予感がした俺は急ぎ足で玄関に向かう。
ドアを開けると母さんが荷物をいっぱい持って立っていた。でも、その後ろに昨日の美少女が控えている。
「ただいま、星子さんもあがって」
俺の意見も聞かぬままに招き入れる母、「おじゃまします」と言って家に入る美少女、俺はすごい居心地が悪い気がした。
「えーと、昨日の返事を聞きに来たのかな?」
母と一緒に買い物袋を持った星子さんに声をかける。
出来ることならこのまま返事をして帰って欲しかった。
「そうなんですけど、これからお母様と一緒にご飯を作りますからそれまで返事は待ってもらえませんか?お願いします」
可愛らしい笑顔で俺に言った彼女はそのまま母さんと台所に行ってご飯支度を始めてしまった。
制服姿の彼女は母からエプロンを借りて袖を捲り包丁を握っている。
まな板をトントンと叩く音が音楽のように流れている。
「お兄ちゃん、どうするの?」
ホントにどうしようか・・・・・
「なんか、楽しそうに話してるね。あたしも手伝ってこようかな」
台所からは母さんと星子さんの楽しそうな声が聞こえる。たまに聞こえる笑い声にちょっとドキッとしてしまう、なにか自分のことを話していそうで居心地が悪い。
いや、間違いなく俺のことが話題にあがっているだろうけど。
「おまえは此処にいた方が良いと思うぞ」
これ以上、俺の話をしてもらいたくない。その一心で優子を引き留める。
そうこうしてるうちに親父が帰ってきて、ご飯が出来た。
「いただきます」×5
何故か星子さんまで一緒にご飯を食べていた。
「この肉じゃが美味しいでしょ?私が作ったんだよ」
確かに美味しかった。
母さんとは違った味付けだが妙に俺の舌に合う。
「星子さんってお料理が上手なのね、家でも作ってるの?」
「はい、母に教わってます」
「星子さんなら素敵なお嫁さんになれそうね」
うっとりする表情を浮かべる星子さん。その表情が俺の居心地を悪くしていく。
そして食べ終わって後片付けを終わった後、居間には家族全員と星子さんが揃って居た。
「あの、昨日のお返事聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」
何かを期待するような表情で俺を見つめている。
当然家族の視線も俺に集まってきている。
「私では役者不足でしょうか?」
「いや、役者不足ってよりも役不足だと思うかな・・・」
正しい日本語を使うなぁ、って変なところで関心する。
俺よりも学力の高い学校に居るんだから当たり前か。
「お願いします。あなたの隣にいられるなら何も望みませんから!」
何も望まないって、それだと貴女は全然楽しくも嬉しくもないでしょ?
「私たちが今後どうなっていくかはわかりません。でも、私はあなたの隣にいられる資格が欲しいんです」
断ると決めたはずなのに意志が揺らいでしまう。
いや、家族が見守る中で断るのはかなり難しい。
うちの両親だって星子さんを応援してるし・・・・・。
「こんな俺でよければ・・・・・」
あ〜、言っちゃった。
ごめんなさいって言うつもりだったのに、空気を読める自分が恨めしい・・・。
「嬉しい、よかった」
安堵の表情を浮かべてる星子さん。ホントに嬉しそう。
不覚にも可愛いって思えるほどに満面の笑みを浮かべていた。
「突然、おじゃましてしまいまして申し訳ありませんでした」
返事を聞くと彼女は帰り支度をはじめた。
うちの親は夜道が危ないと言って俺に送っていくようにと促す。
「潤平さん、悪いからいいですよ」
「夜道は危ないから送っていくよ」
そう言って玄関から出る彼女について行った。
「手を握っても良いですか?」
彼女は俺の返事を聞かずに手を握る。
彼女の手は柔らかく暖かかった、それだけで幸せな気分になる俺は単純かもしれない。
それに、暗い夜道を可愛い女の子の手を引いて歩くのは悪い気はしなかった。
こうして俺は芦屋星子とつきあうことになった。
分不相応の恋人を持つことは苦労するのだとこれから知ることになる。