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マネーの俺  作者: 佐藤 正夢
ヒエラポリス編
17/18

追っ手から逃げてます。

やばいやばいやばいやばい!!!!


俺は今、走っていた。というか逃げていた。

ヒエラポリスの監獄から奇王という魔物の体毛に掴まるという半ばチートな方法で抜け出した俺は巡りめぐって城下町にいた。


奇王の図体は巨大で、隠れるのは不可能。森に帰るまでずっと誰かしらの視界に晒されている。奇王の逃走劇のなかで握力を失いつつあった俺はそのまま奇王から滑り落ちてしまい、朝を迎え人手が多くなってきた城下町に降り立つことになった。


兵士に追われている今日この頃。すれ違う人全員が城からの追っ手に見えて平然と歩くことさえままならない。


ふと視線を向けた先に飢え死にしそうな貧民が小さなお椀のようなものを手に持って、ふらふらと歩いている姿があった。

今にも倒れそうな歩き方で、頬はこけて体は服の上からでも痩せ細っているのが分かる。

それも一人じゃない。通りを一本歩くだけで数人の貧民が目に入った。


今の俺の格好も似たようなものだ。汚れが目立ち、ところどころ破けたシノビ服は貧民と大差ない。

まあ溶け込めてはないだろうけど。


路地裏に身を潜め、何度か深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

指名手配されている犯罪者の心理状況を肌で感じている。まさに今のこれがそうなのだろう、たぶん。俺は犯罪者じゃないけどね?


立て続けにいろんなことが起きる。前世では何者かに追いかけられたり、変な化け物を森のなかで発見したりなんていう奇異な体験はしなかった。それが当たり前の話だったのが、世界が変われば、その価値観もがらりと変わる。おかげであり得ない出来事にも心がついていくようになった。


「ふう・・・・・・どうやったらセラ達のところに戻れるか・・・うーん、わからん。」


「悩む必要はない。」


上の方から降り注ぐように聞こえる声に驚いて、俺は空を見上げた。


狭い路地裏は薄暗いが、人の判別ができないほどではない。俺の肉眼が映し出したのは王国騎士の格好をした大男。その大男が建物の屋根の上に仁王立ちしていた。コスプレ好きの大男であることを祈ろう。絶対に違うだろうけど・・・・・・



「あんまり聞きたくないけど、やっぱり俺のこと捕まえに来た?」


「聞く必要ないだろう?」


「だよね?だってあんた、顔怖いもん。」


「早速だが、城に戻ってもらう。逃げられると思わない方がいい。まあ選択をするのはお前次第だが。」


うわぁ・・・なんか強い人が言いそうなセリフだ。もしくは噛ませ犬。


あと最初から選択肢はひとつしかない。逃げる、それだけ。

ここで大人しく捕まったら何のためにここまで来たのか分からない。


「よし、じゃあ抗ってみるわ。」

努めてにこやかにそう告げてから俺は全速力で走り出す。

いきなり路地裏から飛び出てきた男に通行人はぎょっとした顔を向ける。追ってきている気配はない。それがまた不気味で恐ろしい。

何度となく曲がり、狭い道を好んで通る。必死に走った結果、自分がどこにいるのか分からなくなった。まあそれは別に構わない。逃げ切れることができれば、あとはどうとでもなる。しかしそれさえ叶わないのならば、愕然とする他ない。


「逃げ切れると思わない方がいいと・・・そう言っただろう?」


ここに誘導されたのか?と俺が勘ぐってしまうくらい男の表情は余裕に満ちていた。

やっぱこいつヤバい奴だ。絶対そうだ。


どうする?逃げられる、とは思えない。たぶん結果は同じ。体力が奪われるだけだろう。

 戦うしかないか・・・

 俺は一度大きくため息をついてから、地面に手をついた。

「もう逃げるのは止めたわ。その代わり・・・あんたを倒して、ゆっくりとこの国を出ていくことにする。」


 火の粉のように舞い散る黄金色の粒子が俺の手中に集まってくる。


 男は動かない。俺が何をしても自分が圧倒されることはないと、そう思っているのだろう。なんかムカつく。


 目にもの見せてやる。

 鷲宮 康の双眸は今までにないほど力強く光り輝いた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




脱走した男の追跡は退屈だった。町のなかを走り回るだけ。それで逃げられると本気で思っているのだろうか?そうだとしたら苦笑するしかない。

つまらないから終わらせるか。男は逃げる脱走者の前に空中から現れ出た。


 見た目で判断するのは好ましくないが、それでも様子からして強い感じは見受けられない。

 男の目の前で脱走者(名前は忘れたが・・・)が諦念したかのように力を抜いた。それがこちらに攻撃を仕掛けてくる兆候だと男は一瞬で判断する。

 それが何なのかまでは分からないので、とりあえず距離を取る。脱走者が地面に手をついているその周囲に光の粒子が散乱していると思ったら、突如として地面が消えた。いや正確に言えば、地面の成分がガラリと変貌したのだ。

 硬質から軟質へ。視界が揺らいだ男は自分の足元を見やる。

 煌びやかに輝きを放つ金貨や銀貨に男の足は埋まり、足を取られていた。


「こ、これは・・・!」


 予想外というよりも今何が起こっているのか理解できなかった。それは一瞬のことではなく、時間が経っても変わらなかった。


「おおお、成功した!」


 脱走者が喜びを露わにしているのは目に入らない。湯水のように溢れ出る硬貨の底なし沼から這い出ようと男は必死だ。 


 動けない。この硬貨の沼から出ようとすればするほど沈んでいく。

 想像もできなかった現象にさすがに焦りの心情を抱き、脱走者の方を睨みつけたが、そこにはもう誰もいなかった。


 路地裏で動けぬまま、時だけが過ぎていく。男のフラストレーションは溜まる一方だった。

  

 あの脱走者は必ず捕まえる、そう決めた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ここまで来れば大丈夫か・・・・・・」


 息を整えながら、とある路地裏にあった樽の上で一休みしていた俺こと鷲宮 康。

 なんとか王国騎士を振り切ることができた。ただもう一度あの男に出くわしたとき、同じ手は通用しないだろう。相手が所見だからこそ成功したのだ。あいつは他の王国騎士とは一味違う。


 俺は一度大きく伸びをして樽から腰を上げた。そろそろ移動した方がいいだろう。

 どこかに衣服店はないだろうか?まずこの格好をどうにかしたい。ただでさえ目立つシノビ服は通行人からも奇異な視線を向けられる。


 それに今気づいたのだが、懐にあったアイテムボックスが無くなっていた。ここ数日、気にも留めなかったのが俺にとってのアイテムボックスの優先度を物語っている。だってたいしたもの入ってなかったんだもん。

 長剣グラム クロスは俺じゃ使えないし、あとはお金が入ってたけどそれはいつでも生み出せるから困ることはない。

 一応新しいアイテムボックス買うか・・・


 内心ビクビクしながら町を歩いて、衣服店を探す俺。はたから見れば変だろうなと思う。


 十分くらい経ってからようやく見つけた衣服店は古ぼけていて、もう閉店してそうな雰囲気だが、看板は掲げられている。

「やってることはやってるのかな?」


 田舎で細々とやっている駄菓子屋みたいだ。

大袈裟に軋む扉を開けると路地裏よりも薄暗い店内が待っていた。周囲を見渡しても人影はない。


「誰もいないのか?」


「おうおう・・・・・・珍しいのぉ。客かぇ?」

どこからともなく聞こえる声。しかしその声の主はいない。

はっきり言って、ちょっと怖い。


ここで買うのは遠慮しようかと思い、俺はそっと引き返し、扉に手を掛けた。

「おやおや、申し訳ないのぉ。少しはしゃいでしまった。何かを求めてきたのか?」


 すぐ傍にこちらを見上げた老婆が現れた。いや現れたというかその場にずっといたような感じ。何かの魔法だろうか?それとも単に存在感がないのか?


「ここは服を売ってるのか?」


「ん?まあ服と言えば服だが・・・軽装具をメインに売ってるのぉ。」


「軽装具ってことは魔術士やら弓術士やらの遠距離中距離専用だな。」


 俺は壁に掛けられた薄生地の服に視線を移す。


「まあ近距離戦闘で軽装具を着るような物好きもいるがのぉ。」


「へぇ。んじゃ、おすすめは何だ?」


「お主は冒険者かの?」


「ん、まあそんなとこだ。」


「見たところ接近戦という感じでもないしの・・・うん、まあ見繕ってやろう。予算はいくらじゃ?」


「ああ・・・・・・いくらでもいい。」


「いくらでも?ほう・・・じゃあ遠慮なく見繕わせてもらおうじゃないか。」


 老婆は目を一瞬大きく見開いたが、やがてふっと小さく笑って楽しそうにあれこれと考え始めた。


 手持ち無沙汰の俺に気を使って、店の奥へと案内してくれたのだが、そこはどう見ても生活空間。何故だか老婆の家で温かいお茶をいただく。うん、美味い。落ち着く味だ。なんて思っている場合じゃない気がするが、ひとまずここにいれば安心は安心だろう。あの老婆が王国騎士と繋がっていなければ。

 

 生活感溢れるお茶の間をぐるりと見渡す。

 ・・・・・・懐かしい。日本に生まれて、この空間のような場所で過ごしてきたことを思い出す。


 老婆を待っていると、何やら上の階からドンドンと乱暴な足音が聞こえた。次の瞬間、俺の視界に小さな子供が姿が現した。といっても扉から何事もないような感じで現れ、俺のとなりにちょこんと座ったのだ。どういう状況なの、これ?


なかなか可愛らしい顔をしてる幼女だ。まあ俺はキョウミナイケドネ。


 ニコニコとこちらを見て、頭をリズミカルに揺らしている。お年玉でも貰ったのか、それとも今日誕生日だったり?

  どうしたの?とこちらが尋ねる前に幼女は口を開いた。


「・・・・・・ねぇねぇ、ママに会いに来たの?それともパッパに会いに来たの?」


「・・・へ?」


「パッパは王国騎士で頑張ってます。ママはお城でクミコミで頑張ってます。」


 突飛な話題についていけない。おそらく、自分の両親のことについて話しているのだろう。気になる単語も聞こえた。王国騎士、と。


「ほっほっほっ、メルよ、お客さんに失礼じゃぞ。それとクミコミじゃなくて住み込みじゃ。」


「おばば、この人はお客なの?」


「そうじゃよ。」


「久しぶりだね、お客。」


 予想通り、客の入りはあまり良くないようだ。だからこそ入店してみたのだが。

 

「おうおう、すまんのぉ。これはどうじゃ?」


 老婆が持ってきた装備は紺碧の魔道服だった。質感も良く、魅入ってしまうくらいの不思議な感覚に陥る。何かしらの魔法的な付与がされているのは間違いない。あとたぶんめちゃくちゃ高価だと思う。

 老婆は見るからに自慢げな様子だ。


「これはわしが手に入れた最高で最巧の軽装具でな。ツララ・ツドラの魔力を付与させた魔道服じゃ。防御力はもちろんのこと、氷雪系の魔法は全て無力化し、他の系統魔法も半減する。」


 老婆が自信満々になるのも理解できる。ツララ・ツドラという氷河の幻獣は本で知っていたので、その魔力が宿っているのがどれだけ凄いことなのか、想像に難くなかった。


 俺の目の色が変わったのを見た老婆は小さく笑って、思いきり魔道服の値段を言い放つ。


「これはのぉ、八百万ペリーするんじゃ。」

 

 ええええ!そんなにするんですかああああ!!!!

 ・・・・・・という反応を期待していたかもしれない。そうだとしたら少しお茶目な部分もあるんだなと思う。


 ただどんなに値段が高くても、俺に払えないものはないのだ。


 俺の反応が思った形ではなかったために老婆は訝し気な表情を見せた。


「了解。八百万ペリーな。ちょっと待っててくれ。」


 俺は周囲をぐるりと見渡して、一度老婆に尋ねる。


「何かいらないもの、捨てるものがあったらくれないか?」


「いらないもの?ああ、ごみならそこにあるぞ。」

 老婆が指差した方向には袋に入った紙くずや古本がまとめて置いてあった。

 俺はその袋の中身を確認してから、アルジャン ロワを発動する。


 紙くずは金貨に変貌し、煌びやかな発光が室内を照らす。いきなりの金光に老婆と幼女は目を瞬かせる。


「何じゃ!これは!」

「うわわわ!なんか凄い!」


 金貨が詰まった大きな紙袋を軽い感じで老婆に手渡す。


「きっちり八百万ペリーあると思うから確認よろしく。」


「・・・今の魔法を教えてくれんか?何なんじゃ、今のは。信じられん・・・物質変換の魔法は神位魔法の一つ。この世に実在しない魔法じゃぞ?」


 神位魔法?いや聞いたことないけど。でも確かにアルジャン ロワは神様から授かった魔法、というより異能だ。何故使えるのかを説明したとしても理解するのは難しいだろう。だって俺でさえ未だによくわかっていないのだから。


「まあ生まれつき変な異能が備わってたってだけだ。」


 全然納得した様子ではなかったが、老婆は金貨を数え始める。

 膨大な量だ。かなりの時間が掛かるだろう。


「そういえば父親が王国騎士だって言ってたね?」


「うん。そうだよ。立派な王国騎士なの。」


「へぇ、凄いなぁ。王国騎士になれるってことは腕っぷしもいいんだろうな。」


「ほっほっほっ、いやたいしたことはないよ。弱々しい、ただの人間さ。」


王国騎士になるには相当な労力がかかる。そんなに簡単なことじゃないのは百も承知。弱々しいと評される男に務まるとは思えないが。それともヒエラポリスという小国ではそういうものなのか?

依然として老婆は勘定を続けており、その横で興味津々な様子でメル?と呼ばれていた幼女が金貨を一枚いじっている。


ちょっと眠くなってきた。いい感じに暖かい室内の影響だろう。

しばらくそうしているとガタガタと店内の方が騒がしくなった。珍しいのぉ、客かえ?と頭を捻りつつも店頭の方へと老婆は移動する。


会話が俺の耳に聞こえてくる。店からこの茶の間までの距離はほとんどないから当たり前の話だ。


どうやら普通の客ではないようだ。おそらく、いや確実に俺を探しているのだろう。

俺は絶対に見つからないようにして店の方を覗き見る。

ヒエラポリスの王国騎士の格好をした男が三人遠慮する様子もなく、ずかずかと入り込み、老婆に質問をしていた。


「ネル婆よ、ここら辺でこういう男を見たりしなかったか?」

そう言って折り畳まれた紙を広げて老婆に見せつける。俺のところからはどんな似顔絵が描かれているのか分からない。

ただ息を潜めるしかない俺をメルは不思議そうに見つめる。


「はて?見たことないのぉ。この店を尋ねる変わり者自体おらんからのぉ。」


 ネル婆の答えに王国騎士はすぐに納得して、ほらな言った通りだろ?ともう片方の男に話しかけている。

 そのまま持っていた紙をネル婆に手渡して、騎士たちは店を早々に出て行った。


「大きな騒ぎとなってるようじゃな。ほれ、これはお主じゃろ?」


 ネル婆は騎士たちに手渡された紙をいち早く俺に見せてくれた。

 そこには見慣れた男の顔。いや自分で言うのもなんだけど結構似てるなぁ。


「すまないな。なんか迷惑かけたみたいだ。」


「客の情報は売らんよ。そこはしっかりしとるんじゃ。ほほほ。」


 何があったのか聞いてこないあたり、非常に配慮されているのを感じる。

 魔道服を着てみるか?と言われ、俺はぜひにといった感じで着用することにした。


 サイズはぴったり。俺のために作られた魔道服なのではと疑ってしまうほどだ。


「どう?なかなか似合う?」


「うん、思ったよりもいいじゃん!」

 思ったよりもって・・・やっぱり子供って正直だね。まあでも良いって言ってくれたのも事実だから良しとしよう。


 早急にここから立ち去った方がいい。二人にこれ以上の迷惑は掛けられないし。

 王国騎士の関係者でもあるのだから、俺がここにいる状況はメルの父親に悪影響を及ぼしてしまうだろう。


「ふう、そろそろお暇させてもらおうかな。」


「そうか・・・ヒエラポリスを出るのか?」


「まあ、そのつもりだけど。どちらにしても少しの間は大人しくしている必要があるとは思う。」


「だったらここで少しの間過ごすのも悪くないんじゃないかえ?」


「匿ってくれるのか?バレたらやばいぞ?」


「わしもお主とじっくり話したいことがあってな、いや相談したいことがあると言った方がいいか。」


 提案というよりも懇願。何か伝えたいことがあるようだ。それもかなり重要で深刻なことのようだ。

 俺は何も言わずに一つ大きな頷きを返した。


 ヒエラポリスでの生活はまだ終わりを迎えることはないみたいだ。












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